「老夫婦と本(一)」

老夫婦の間にはいつも本があった
喫茶店に行くときも散歩に出るときも
片方が持っていない時は片方が持っていて
片方が持っている時は片方は持っていなかった
暗い赤のフェルトのような表紙で
細い黄で書かれたタイトルはくだけ過ぎていて難読だった

老夫婦の間にはいつも本があった
しかしその本が開かれているのを誰も見たことがなかった
老夫婦の会話の時また会話がない時も
本はただそこに置かれているだけだった
老夫婦はいつも並んで歩き
そのどちらかの相手側の手にいつも本があった

老夫婦の間にはいつも本があった
老夫婦は誰とでも仲良くなれた
けれどその誰も本のことを問うたりはしなかった
強い雨の日であっても老夫婦は本を持って外へ出た
新しくはないその本が
それ以上汚れることはなかった
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by yasuharakenta | 2013-07-10 16:33 | 詩、歌詞