逃走完全解説


逃走完全解説


雲のパレード2曲目、2分38秒から始まります。


逃走はそのまま、逃げる詩です。
夜中にひとり逃げ出します。

 裂ける心だけでも 理由になれるよ

何かを やめるのには、理由が必要だと思ってしまう。
嫌だから、なんて理由ではやめちゃいけない。

ううんそんなことないよ。
上司も部下も最高で給料が高くても、
好きな同級生がいてみんな応援してくれてても、
誰かを納得させる立派な理由がなくても、
心がピキリと痛んだら、それだけを理由にしていいんだよ。

 アイディアが0個でも 逃げたって平気

これやめてどうする気?
やめてなんかあてがあるわけ?
そんなのなくても、逃げたっていいんだよ。
まずこっから出てしまおうよ。

 触れればなくなる でも触れたくなる

あっちに行けば、こっちは消えてしまう。
だけどせずにはおれない。行かずにいれない。
触れずにいられない。

 どこまでもいける 仮の私でも

今の私が何者でなくても、資格も何もなくても、
仮の私でも、どこまでだっていけるさ。

 何かになるのを 待っていれない

何かになったらこうできる、何かになったらこうしよう。
そういうのはもうやめた。

何かになるときなんかいつまでも来ないし、何かになったときに今の私はいない。
今の私が、そうしたいんだから。
今の私が仮の私だろうと、もういくんだから。


そして逃走は2番に入ります。
逃げる準備をするシーンからです。
ほぼ夜逃げ同然。
自宅前の道路で、ワゴンタイプの白い軽自動車に荷物を積んでいます。

雨でも降ったらドラマチックだったかな。
吸い込まれそうなほどの星でも見えたら泣いてしまったかな。
だけどこの日の天気はちょっとだけ曇り。
ドラマチックな天気とは一番遠い天気です。
星が、2つだけ見える程度の。

 星がふたつくらいの 声のない門出

一大決心をした、きっと人生で重要なはずの門出ですが、声は聞こえません。
誰からも見送りの声は聞こえない。誰からの応援の声もない。
もちろん自分の声も。
ただ黙々と、荷物を積んでいます。

 ぎこちない呼吸でも ひとまず使える

緊張したときみたく、浅い呼吸になってる。
というか緊張してるんだろな。
うまく吸ったり吐いたりできていない。
意識すればするだけ分からなくなる。

だけど、この呼吸で今生きていられてるんだから、いいや。
とりあえずいいや。別にいいや。

 もう出よう 心が正しくなる前に

あの人に挨拶したほうがよかったかな。
あの荷物は積んだかな。
っていうかやめて本当によかったのかな。
みんなが言ってたことを聞かなくてよかったのかな。

いや、もう出よう。
誰かの正しさに、ここにいたらなってしまう。
裂ける心の音を、自分だけが聞いたんだ。
誰かの正しさは、自分のとはちがうから。

 だれとでも同じ? どこででも同じ?

あいつが言いました。
「お前なんて、どこに行ったってどうせ変わらないよ。誰といたって同じだよ。何も変わんねえよ」

 同じならもういいや

同じなら、ここじゃなくていいや。
同じなら、ちがうところでいいや。


ここで間奏に入ります。
車に乗って、もう出発しました。
激しいオルガンの音。
運転をしながら「うわー!」とか「うおー!」とか叫んでいます。
それらをかき消してくれる、オルガンの音。

4時間、5時間、だんだんと海沿いの方に近づいてきます。
改めてこう思います。

 思い出が入れ替わってもいい いいよ

今までの思い出が全部なくなって、全部新しい思い出になってもいいよ。
そういう覚悟で、出発したんだ。

空が少し明るくなってきました。
浜辺の近くで、車を止めます。

 風の音だけの世界だと思った

自分はこれから、茨の道を進むと思っていた。
けわしい道のりを、進むと思っていた。
ずーっと、ごおおおという風の音が、いつも耳で鳴ると思っていた。
足はいつも震えて、不安でいっぱいの日々になると思っていた。

だけど今はどうだ。
風の音などしない。
波の音がざああと聞こえるだけ。

静かだ。
穏やかだ。心が。
不安でぐちゃぐちゃになると思っていた心が、まっすぐピンと機能している感じがする。
立っているのもままならないと思っていたのに、地面にしっかり足が付いている感じがする。

あ。
正解だったんだ。
ここに来るの、正解だったんだ。
ここに来たかったんだ。

 朝が来ることも忘れるほど

ずっと夜のままだと思っていたんだ。

 どこまでもいける
 仮の私でも どこまでも

大丈夫。大丈夫。大丈夫。
きっと間違ってない。大丈夫。大丈夫。

そして短い間奏を挟んで、Aメロに戻ります。

 ずっとずっと来なかった いつかになるかな

いつも何かを待っていた気がする。
何かがどこかで変わると思っていた気がする。
いつかきっと何かが。ずっとそう思ってた。

だけど日々はいつまでも日々のままで、大きな出来事など起こらなかった。
漠然と何か外側に期待して、自分はいつも部屋の中にいるだけだった。

これからは、あのいつかに、していけるかな。

 朝が雲の中でも 夜はもう終わり

空は完全に明るくなった。
だけどやっぱり、ドラマチックでもなんでもなく、ただの曇り空。
雲を地球上が覆っていたら、ここは今、雲の中だな。
だけど、夜はもう、終わり。



逃走は雲のパレードの中でいちばんヒリヒリとした曲です。
だけどやさしさがあって、尖っていないヒリヒリ。
この曲に「君」や「あなた」は出てきません。
たったひとりでの決意と行動。誰にも認められない衝動。

この曲もフロートと同じで曲先(きょくせん:曲を先に作る)だったので、後で歌詞を書きました。
歌詞で一番苦労したのは、風の音からの2行です。
完全にイメージがあるのに、2行では足らなくて何度も書き直しました。
海についたこと、夜が終わったこと、ずっと不安だったこと、ずっと震える日々だと思ってたこと、
思ったより震えてないこと、むしろちゃんと地に足がついている感覚があること、ここに来たかったんだと分かったこと。
これを全部入れるのに苦労しました。風の音でいけるかもと気づいたとき、心拍数がだいぶ上がりました。
あとは星がふたつくらいのってところかな。
夜ってあまり曇りって言わないから、曇と夜を使わずに天気を表す言葉を探していました。

この曲のデモでは適当に「酒飲む」から始まっていたので「酒飲みの唄」って呼んでいました。
その「SAKE」の響きはどうしても変えられなくて、そこから裂ける心という言葉になりました。
一箇所だけ酒飲みの唄のときから残っている歌詞があります(内緒です)。
さらにその後、逃走とタイトルを変えた当時の歌詞がどっちもいいよ上に残ってますね。
今の逃走の歌詞がどれだけ錬られてるのかがたぶんすぐに分かるはずです。

イントロの変な音のギターは、とっても迷いました。
ヒリヒリしてる曲にこんなファニーな音を入れていいかどうかということです。
迷って消して、でも捨てきれずに戻して、というのを何度も繰り返しました。
伊坂幸太郎の重力ピエロに「大事なことはユーモアで伝えろ」みたいの台詞があったなーと思って読み返したりもしました。
実際はちょっと違ったんだけど(というか小説の良さに普通に心を打たれて泣きました)。
でも結局捨てきれず、むしろ好きで、いれました。
途中でもういっかい鳴るところも、いいでしょ。

作曲のコード取りで難しい箇所は何箇所もありましたが、時間をかければなんとかできることも分かってきました。
ちなみに理由になれるよの1拍前の和音は、デモの段階で適当に弾いたコードをそのまま採用しています。
すごくいいと思ったからだけど、音楽に詳しい友達には「ありえないコードだよ」と言われました。でもやめられなかった。
夜はもう終わりのところも、元々は適当に弾いてたやつを採用したものです。

間奏のオルガンは、上にも書いたとおり、一番感情が出てるシーンだったのでああいうオルガンになりました。
音量もなるべく上げて、車の中の密室になったときのようやくの感情の爆発を、あそこで描いたつもりです。
そして大変だったのは4小節だけマーチングバンドみたいになるところ。
これは、どこまでもいけるのあと、自分から湧き上がる応援団みたいなのを演出したかったからです。
本当は生の吹奏楽で録りたかったけど、できないので、コンピューターの中にある音源の中から、なるべく生に近いものを選んで使用しました。
うっすらと生のサックス吹いてるけど、小さいのでたぶん分からないはずです。

冒頭からずっと鳴っている規則的なリズムは、揺れる心の中でもぶれない、信念みたいなものです。
ここから抜け出そうという曲でもなく、抜け出したあとの曲でもなく、ちょうどその境界にある曲は意外とないんじゃないかな。
だけど必要な曲だと信じています。

(逃走解説・完)


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