カテゴリ:雑談枠( 1 )


ツイッターより。
https://twitter.com/yasuharakenta


ーーーーーー



いわないところに、の話。

「いわないところに本音があるの」という詩を、以前に書いた気がする。これは「好き」という気持ちだったり、逆にすごく悪い意味でこころに残っていたり、その人が言葉にしていないところに、本当の気持ちがあるという意味。(詩を、しかも自分で解説するのは蛇足ですね)

800以上の詩を書いて、様々な方法論が浮かんでは消えたけど、一貫してやっているのは、戦争に関する言葉は使わないというもの。これはポリシーとして掲げているというより、単にいやだから使っていないだけ。戦いに関する言葉を使うことで、その嫌気がマヒしていくのがいやだった。

だけど詩の(特に作詞の)世界では、まあ多いんだ。「これは俺の戦い」とか「戦場で」とか「銃を向けた」とか。使う人を非難はしないけど、僕はやめておこうというスタンスでいました。

ももクロをイメージして勝手に作詞した「アイドルソング」という詩では「私達絶対負けないけど別に戦いに行く訳じゃない。そうやって人を殺す名前で私達を例えたりしないで」と書いています。アイドルも(煽る大人が)「戦い」をよく使います。「戦士」と言われるアイドルの葛藤を想定した言葉でした。

「いわない」方法というのは、絶滅危惧種みたいな、とても弱い方法です。「いわない」ことでは「いう」ことを消せません。ただ0でいるだけ。誰かがまた「戦い」の話をするのを、マイナスにする力はありません。

「いわないところに本音があるの」と書いたけど、自分のトラウマに値することほど言葉にはしづらいもの。言葉にしないうちに傷が治ることを期待してるのかもしれない。過去の辛い失恋だったり、いじめだったり、挫折だったり、別れだったり。それを口にしない人ほど、深く傷ついていたのかもしれない。

だから、戦争の経験を伝えなきゃと思って話をしているおじいちゃんおばあちゃんは、それを乗り越えざるを得ないくらい、そんなこと言ってられないくらいの気持ちになったんだと思います。今でもその体験を口にできない人もいると思う。それはその人の弱さじゃない。それが戦争の強さなんだと思う。

何かを反対する気持ちというのは、いつも弱い。口をつぐむことは悲しいけど0でしかない。口にしても、反対の声というのはいつも荒らげで、する方も聞く方も疲れさせていく。一方、何らかのコンタンがある人は、予防接種みたいに少しずつ、少しずつ日常に毒を盛ればいいだけ。

そしてマヒさせて、小さな一点でも穴があいたらもうおしまい。その穴にドリルをあてれば、一気に大きな穴があきます。0と1は違うけど、1と10は似てるんです。ここが怖いところ。

ワンマンバンドに王様みたいな人がいて、周りに意見に従わせて作った音楽アルバムが、世間の心を打って大ヒットになることがあります。だけどそれは芸術だから。

ワンマンバンドと、みんなの代表という立場を勘違いして強行採決をするのとのには大きな隔たりがあります。バンドにはバンド側と観客がいる。だけど、国というバンドに観客はいない。

ワンマンバンドの王様が、きっと何処かに分かってくれる人がいるはず、と思ってワンマンプレイをするのとは、全然違うんです。国には観客なんていないんだから。全員がプレイヤーなんだから。たかだか数人のバンドとは訳が違う。1億人の演奏。自分勝手ではうまくいかない。

今悩んでること、恋をしている人、仕事上のトラブル、家族の悩み。そういうのが愛おしくなるのが戦争。そういう悩みを蹴散らすほどの、大きな渦なんだから。苦しくて愛おしい日常を、ぶっ壊すのが戦争。

日本人を守るためにっていうけど、攻撃すれば世界の誰かを失うんだ。世界のどこかの人を守るためにも、戦わないほうがいい。(その世界の誰かが、自分のイトコだったら?友達だったら?と想像してみる。)

憲法9条って、超カッコイイんだよ。「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」だよ。「希求し」だよ。願って求めるんだよ。平和を。

永久に放棄するってかっこよすぎる。こんなことなかなか言えないよ。こんなことを言いたくなったのが、戦争後の本当の気持ちなんだ。それを未来の俺らが勝手に解釈しちゃだめなんだ。同じ気持ちなるからな、やめとけよっていうアドバイスであり、メッセージなんだよ。

どっちの方向を向いてるのかっていうのが大切。この法案では、戦争には繋がりませんって思っていても、どっちの方向かといえば戦争の方向だ。誰かひとりでも、戦争したがりが紛れ込んでたら終わり。後ろを向いてれば、9条の方を向いてれば、可能性はかなり低くなる。

それは逃げじゃなく、平和への希求(ききゅう)。行き先はそっちでしょ。

将来の子どもが「9条って弱くねー?」って言ったときに「でもあの弱い文を守るのは大変だったんだ。ゲームでも、弱いとすぐしんじゃうだろ?」「うーんそうかも」「なんとか守れて本当に良かったと思ってるんだよ。外国も日本を見習おうってなってきてるんだから」と言いたいよ。

憲法とか法案とか、中学生や高校生でむずかしく感じたら、戦争に行きたいか(クラスメイトに行かせたいか)を考えてみて、嫌だったら反対でいい。「まさか私を戦争に巻き込もうとしないよね?」って親に言っていいよ。こんなことしてる人たちに、当然次は投票しないよねって。

暮らしをよくします!って言って当選した人たちがそういうことしてんだから。国民が!って言ってクラス会より子供みたいな議論して、相手(相手の議員だって国民)を罵倒してる人たちなんだから。もし前回投票しちゃってたとしたら、反省して、次は気をつけなきゃねって。

賛成の人と反対の人を集めても、日本人口の半分もいかないよ。だから中学生とか高校生が、戦争ってやだよねーってドリンクバー飲みながら少し話して、夕飯のときに戦争ってやだよねーって親に言うだけで、勢力は大きく、かなり変わるよ。

コツは、言いすぎないこと。どんなに正しいことでも、声を大にして話してる人からは遠ざかっちゃうから。普通のトーンで、ねーって言って、それを今までより少し空気になじませていくだけ。

「いわないところに本音があるの」。戦争体験について話すおじいちゃんおばあちゃん、また70年経っても話せないおじいちゃんおばあちゃんを、想像してみる。「希求」と「永久に放棄」という言葉に救われた、戦後の人たちを想像してみる。

または、自分が他国の人だとして、日本を攻撃したいかを考えてみる。攻撃したくないなら、させちゃだめ。させないようにするには、しないことしかない。(させないように日本以外すべてを破壊する、以外には。)

0にしかならない方法でも、空気を少し変えていけば、まわりもだんだん0になる。そうすれば飛び出している尖った意見がより鮮明に見える。その人はきっと、恥ずかしくなる。

いわないところに、の話。おしまい。行間を読むってこと。想像するってこと。




[PR]
by yasuharakenta | 2015-07-15 22:52 | 雑談枠