◎ 新エッセイ!!

 (医者の)言葉
 (医者の)言葉 (note)

詩でもあまり書かない家族モノです。
評判いいみたいでうれしい。
最後までゆっくり読んでほしいです。
感想教えてね。


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① 今日の詩(題名をタップ)



争いごとなんてなくなればいいのに
そう思いながら今日も異常なほど腹を立てる
兄に 母に 世界に

大人もいろいろあんじゃないのと
教えてくれる友達をきらいになりそうになる
争いごとなんてなくなればいいはずなのに


めちゃいいです。めちゃいい。

書き方変えましたと昨日言ったけど、これは今日の即興詩。
やり方を変えて、それを継続するのはなかなかむずかしいぞ。

最近のです。
(これまでの詩はすべて詩のリストから)


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② 日誌

バナナが好きっていう、YUKIと矢野顕子の曲を
エッセイ書きながらずっと聴いてました。
YUKIのドラムがとってもいいんだよー。

いろいろかんがえてんだ。
そろそろ動きながらかんがえようかな。


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◎ 本気のエッセイはじめました

 目の見えないカップルと
 声に出して復習する小6
 中学の頃の友達の話
 機械音痴たちの攻防
 夢の話を書きたかったの
 いままでで一番くだらないのを
 めちゃくちゃ熱量を込めて書きました
 ギャル3人と同乗します
 ぼくのアホ6才エッセイ
 東横線渋谷駅のドキドキ

エッセイはnoteでも読めます(読みやすい)。
好きなほうをめしあがれ!

奇数がぐわっと、偶数がふふふ。
★が人気。


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◎ 新曲「たわわなしあわせ」



とにかく楽しくてグッとくる新曲です。
誰がなんと言おうと自信作。

たまらなくかわいいアウトテイク集もどうぞ。

歌詞の意味、PV撮影の苦労、曲作りドキュメンタリー。


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◎ はじめましての人へ

こんにちは。安原健太(やすはらけんた)です。
いろいろ手を出してしまってわかりにくくてごめんね。
でもどれも大切にやっています。

◯音楽
最新曲は「たわわなしあわせ」「雲のパレード(4曲入り)」です。
初期の人気曲は「まあるい」。

◯詩
毎日書いて2000篇です(このサイトです)。

◯エッセイ
本気でエッセイを書いています。

◯ラジオ
安原健太の音だけラジオ」は第10回まで。ゲスト回あり〼。

◯出演
ライブは新宿、下北沢でやっていましたがちょっとお休みしています。
ときどきYouTube上でライブやったりもします。
演技経験ないながらオーディション合格、舞台出演。

◯Twitter
@yasuharakenta 。ちょくちょく書いています。
ちなみにInstagramはこれ、LINEはこれです。見つけてほしいよ。

◯もうひとつのサイト
勉強できようサイトという、勉強が苦手な中高生のためのサイトを作っています。
大人も意外と楽しいサイト。
2018年7月より動画バージョンもスタートしました。





# by yasuharakenta | 2019-03-19 23:24 | 連絡ノート

争いごとなんてなくなればいいのに
そう思いながら今日も異常なほど腹を立てる
兄に 母に 世界に

大人もいろいろあんじゃないのと
教えてくれる友達をきらいになりそうになる
争いごとなんてなくなればいいはずなのに

みんな愛してますとライブ終わりに言ったミュージシャンに
本当かよってコメントしたくなる
こういう厄介な人もいるけど大丈夫ですかって

でも少し
だけどちょっと
わかるきもする たぶんきっと

あえて解像度をさげてまで言いたくなることがある
争いごとなんてなくなればいいのに
だってみんな愛してますと

身近な問題を無視したんじゃなく解像度を変えただけ
家に帰ればきっとみんなだらだらとかうだうだとかしてる
みんな愛してます




# by yasuharakenta | 2019-03-19 23:19 | 詩、歌詞

自分のじゃないチョコを食べる
自分のじゃないパンを食べる
自分のじゃない手紙を捨てる

自分のじゃない駅で乗って
自分のじゃない駅で降りる
自分のじゃない音楽を聞く

自分のじゃない自分は自分にならない
自分もまた自分じゃなくなっていく
飛んじゃいそう 沈んじゃいそう

自分のじゃない時間に起きて
自分のじゃない時間に眠る
自分のじゃない夢を見て




# by yasuharakenta | 2019-03-18 23:32 | 詩、歌詞

100円のチョコと
160円のポテトを買うと
260円になります
本当です

490円のお弁当と
120円のお茶を買うと
610円になります
本当です

12000円のコートに
消費税の分で買うと
90円のおつりです
本当です

880円の手帳ノートと
120円のボールペンを買うと
1000円になります
本当です

1000円の品物を
1000円出して買うと
お金はなくなります
本当です




# by yasuharakenta | 2019-03-17 23:22 | 詩、歌詞


「ねえなんでさ、緑嫌いなのに緑色の水着着てたの?」
 中3の春ごろ、衣替えをする母親の背中に向かって言った。昔のビデオで何度か見たことのある水着が積み重なった衣類の中に置いてあった。
 母親はカエルの色だからと言って緑色を嫌っていたはずだった。特に理由もなくそれまで口にしなかった疑問を、そのときはたまたま目についたからしただけだった。
 もしかしたらお調子者の母親がどうせまた笑い話を始めるんだろうと予想していたのかもしれない。しかし振り向いた母親は、大きな目をギョロッとさせた。「健太、これが緑に見えるの?」
「え、」どういうこと、というのを半笑いで示した。「だって緑でしょ?」
 その答えを聞くと、母親はけわしい顔のまま「健太、ちょっと座りなさい」と言った。思わず正座をしてしまう。
「え、なに、なに」
「健太」母親は右手で顔の高さまで水着を持ち上げた。「これは灰色です」
「え?」
「健太、あなたは病気なの」
「え?」


 そのあと母親は、ぼくが色弱(しきじゃく)という病気であること、赤と緑が見分けにくいことがあるということ、小1の身体検査で発覚してそのあと眼科にも行ったということ、遺伝性の病気で男の人に多いということ、たぶんお母さんの遺伝子が健太に行ってしまったということ、母親自身は色弱じゃないけど叔父さんは小学生の図工の時間に友達の顔を黄緑色で描いたことがあること、そして家族で今まで内緒にしていたことなどを重々しく話した。
 眼科に再度行った覚えはなかったけど、その検査自体には記憶があった。様々な色で点描された図があり、その中に書かれてある数字を答えるという検査で、てっきりあれはあんまり読めないのが通常だと思っていた。
 話の最後、今度眼科に行きましょうと言われて頷いた。


 ドラマのような病気の告知と雰囲気に飲まれて足取り重くリビングに行くと、姉がソファで寝転んでいた。「なんか病気らしいね」とぼそっと言うと、姉は読んでいた雑誌ごとバサッと起き上がった。
「・・聞いたの?」
「うん、なんか色弱だって」
「そう・・。びっくりした?」
「うん、まあ」
 そのあと姉は、高校の保健の先生に教えてもらって色弱の本を読んでいたこと、健太がどうやって服を選んでるのかが不思議だったことなどを話してくれた。妹と父親の反応もだいたいそんな感じだった。
 2日ぐらいは少し落ち込んで、同級生に打ち明けようか迷ったりもした。悲劇のヒロイン的な感傷の仕方だったように思う。
 でもその後、色弱についてはまったく気にならなくなった。眼科の先生が言ってくれた言葉のおかげだった。


 駅横の眼科は、前に行ったときとは違い内装がきれいになっていて、院長先生も女性の若い先生に替わっていた。
 母親を待合室に待たせて、まずは普通の視力検査に赤が強いだの緑が強いだのが加わった検査をした。そのあとが、20個程度の色をグラデーション通りに並べ直すという検査だった。
 一番端に来るだろうという色を決めて、それを基準に並べていった。なのに5個くらい並べるとまたさっきと似たような色が目についた。その色を列の間に入れると今度はグラデーションが崩れた。結局半分も並べることができず、このとき初めて色弱という病気(今は色覚特性と言い、小学校での検査もないようです)を言葉ではなく実感した。並べられないのは分かったから正解を並べるところを見てみたかったけど、それをお願いすることが出来ず、5分くらいガチャガチャやったところで「はいじゃあそこまでね」ということになった。
 待合室に戻ると母親にどうだったか聞かれたので、あれ難しいねと答えた。
「ねえ健太さ」と母親が小声になったので耳を近づけると、「視力検査のときに上とか右とか指でやるのやめなね、もう中3なんだから」と言われた。恥ずかしくなって「いや違うんだよさっきのはさ」と言い訳をしてたら名前を呼ばれた。


 髪の長い院長先生の、前の丸椅子に座る。そのうしろに母親が立った。
 先生は、分かりやすく、かつ丁寧で優しい言葉を選んでくれた。


「健太くん、健太くんは確かに色弱という病気でした。これは簡単に言うと赤と緑を見分けるのが苦手な病気です。今までに黒板が見にくいと思ったことはあった?
 うんそっか。ときどき黒板の緑と赤のチョークが見づらいという人がいるんだ。それと、色弱は遺伝的なもので男の人に多い病気です。その割合は5%で20人に1人。だいたいクラスに1人くらいの、決して珍しくない病気です。だからお母さんを責めたりしちゃいけないよ。
 えらいね。色弱の人がなれない職業がふたつあります。パイロットと印刷屋さんです。健太くんはそのふたつになりたいと思ったことはある?
 そっか。それならまったく問題はありません。この病気だからと言ってダメということは全然ありません。気にしなくていいんだからね。病気だって言われてびっくりしたかもしれないけど、落ち込んだりしなくていいんだよ。全然大丈夫です」


 この言葉を、たぶん100%受けいれた。
 色弱はその瞬間にまったく気にならなくなった。家族は気にしすぎだったと思った。でも自分の遺伝子でそうなってるんだと思ったら気にしちゃうのかも。そう考える余裕さえできた。
 高校でも隠すことはしなかったし、周りのみんなも高校生ともなれば笑いと気づかいのバランスが上手くなっていたので、だいたいは笑い話になった。赤と緑が苦手らしいと言うと全員が「じゃあこれは?」「これなんだ!」と、真っ赤なガーナチョコのパッケージや真緑の掲示板などを指さした。それは分かるんだよと言うと、よくわかんねーとまた笑いが起こった。何十回と説明してきたけど、上手く説明できたことはない。
 クラス替えをしてまでもダサいと言われ続けた7000円もするグレーの長袖は、水色だった。生物の遺伝の授業で活躍した。ネギトロ丼の最初の一口がまるごとわさびだった。それら全部を笑い話にできたのも、あの先生の言葉のおかげだった。


 そのあと、母親を嫌いになった。
 高3になる頃だったと思う。話しても話しても分からないから口をきかなくなった。
 当時、ぼくが一番嫌だったのは「思春期だから」とか「まだ若いから」と言われることだった。こんなに考えているのに。そんなに考えてないくせに。いろんな大人に対して思った。だから母親との口論中にも、思春期だからこう考えてるんじゃないと何度も怒鳴った。
 その証拠として、「もしあなたが死んでも、葬式で『ごめん俺が間違ってた』なんて絶対言わない」と言ったことがある。感情的な母親は、口論中ぼくの表情が反射して不機嫌な顔をしていたのに、そのときだけはこころの内側から殴られたような顔になった。
 それでも口論は不定期に続いた。怒りで震えるということが本当にあるのだと知った。苛々して苛々して手をあげそうになったとき、「女の人と自分より年下の子には手を出しちゃだめ」と、小さいころの妹とのケンカで母親に散々言われた言葉が思い出されて、呪いのように動きを封じられた。
 この頃、父親に頼んだのかもしれないがなぜかぼく主導で、ビデオデッキから使い方のまったく違うハードディスクレコーダーに買い替えた。ほとんど勝手に買い替えたので、コピー用紙3枚に録画の仕方と再生の仕方を書いてセロハンテープで貼って置いておいた。ある日、母親がテレビの前で背中を丸めてその紙を見て必死に録画しているのを見かけて、ぐうぅっと胸が痛くなった。
 恐ろしかったのは、次第に怒りの理由を忘れていったことだった。親のくせにと思っていたのは確かだけど、具体的なエピソードがどんどん失われていった。嫌なことは思い出さないようにするからなのか、それともそれほどのエピソードでもなかったからなのか。前者であることを祈った。


 そして高校を卒業して半年、両親が離婚した。
 小さい頃、まだその気配を感じる前は「離婚したらさ、殴るからね!」と食事中に笑っていたぼくも、当然のように賛成してやっと決まった。引っ越しの日、今思えば説教のような置き手紙を母親にした。
 母親がいない生活では、心が不必要に荒れることもなくなっていった。それまでは「おかえり」を聞くのが嫌で、MDプレイヤーを爆音で流しながら帰宅する行為を発明だ!と興奮したこともあったほどだった。
 でももう本当に一生会わないかもしれないな。そうも思った。


 ところが会う機会は意外にすぐやってきた。
 なにかと問題の起こる家族だった。離婚から数年後、「今こそ協力しましょう」と母親から父親にメールが入った。困った顔をした父親にそのメールを見させられて、「そういうとこだよ」と辟易した。お喋りな母親とそういう場で無口になる父親が話し合ってうまくいくはずがない。はあ、とため息をついて、
「俺が会ってくるよ」
と言った。「大丈夫なの?」と言われたけど仕方なかった。数年ぶりにメールをして日時と場所を決めると、母親は「いいの?」とどこかうれしそうだった。そういうとこだよ、と思う。

 待ち合わせた駅に母親を見つけた。少し太っていて、髪型が変わっていた。「健太、元気だった?」と笑顔を見せる母親もやっぱり緊張してるみたいだった。母親にそこでいいかなと言われてルノワールに入る。こんなとこ初めて入るなあと思った。
 1時間くらい本題について話したあとで、なんとなく雑談の時間みたいになった。そうするとお調子者の母親が顔を出して、健太の小さい頃はあんなだっただとか、こんなことして大変だったんだからと鉄板の話を次々とし始めた。そうだったね、そうだったのと笑っているうちに、なんというか、この言葉が適切か分からないけど、「かわいい人だな」と思った。うーんというか、「しょうがない人だな」と思えた。ぼくはずっと母親に変わってほしかった。だけどこういう人なんだなと思えたら、すでに実体を失いかけていた怒りがふっと消えてった。母親を許すふりして、数年分の自分を許した。あっけなくてこんなもんかよと思った。小1の俺が、テストに「先生、自分で考えればいいじゃん」と書いた話をしていたあたりだった。


 その日の直前に、色弱とは別の病気で、すでに治ってる病気を未だに隠されていたことを妹が口を滑らせて知った。自覚させて治すか自然に治すかの二択で、絶対に言わずに自然に治すという選択をしたらしかった。
 父と姉に言うと、色弱のときと同じ「・・聞いたの?」という反応をした。治ったんだからいいでしょと思いながらもそのとき、自分はずっとそういう立ち位置だったんだなと知った。治っても言わなかったことはアホだと思うけど、心配かけていたんだなみんなにとは思った。妹は小さかったので、そのことを言いそうになるとわけも分からず叩かれたこともあったらしい。
 そうだったらしいねと母親に伝えると、母親は怒った。「あの子はまったく・・!」と、口を滑らせた妹に対してだった。
「いやいいじゃんもうとっくに治ってるんだしさ」
「いーや。私は死んでも言わないつもりだったんだから」
「なんでよ。色弱だってそうだよ、あれ言われたの中3だよ?」
 そう言うと母親の顔がまた少し曇った。ついさっきまで緊張してたのに笑ったり怒ったり苦しくなったり。そういう人なんだ母親は。
「いやいいんだよ、あのときの眼科の先生にちゃんと説明してもらって、全然気にしてないんだから。パイロットと印刷屋にはなれないけど全然大丈夫だからねって言ってもらったんだからさ」
「私が言ってもらったの!」
 ん?
「健太が検査してたでしょ。そのあいだに、『どうか不安にさせないでやってください』って紙に書いて先生に渡してあったの!」
「え、でも先生がやたらと励ましてくれて」
「だから、それは私が言ってもらったの。健太の後ろでお母さん泣いてたんだから」


 色弱だと自覚すると、確かに見にくいなと思うものが目につくようになった。
 赤ペンより青のほうが目立って見える。免許合宿の最初の検査で帰されないかドキドキした。街の信号がLEDになっていってよかった。洋服屋ではこれって何色ですかと聞くこともある。カーキって赤系だと思ってた。そこ鉛筆じゃなくて赤で書いてねと塾の生徒に言ったらもう赤で書いていたこともある。肉の焼き加減がわからないのは結構困るなと最近は思う。
 でもいつも冷静でいられたのは、クラスに1人くらいという事実と、それを話してくれた先生の言葉があったからだった。あそこまで丁寧に言われていなければもう少し動揺したままだったかもしれない。
 だけどそれは母親の言葉だった。心配しすぎなんだよと思った家族の言葉だった。


 そのことに気づいたからと言って家族の問題が魔法のように解決したわけではないし、SNSで繋がるくらい家族仲のいい人に引いてしまうこともある。
 あの言葉も、自分の遺伝のせいだと気にした母親が言わせただけだし、その意図をたまたまあの女性医師が汲んでくれただけ。
 でももしかしたら、今も高校生のときの自分の思考を大切にしすぎていて、一生会わず、葬式でごめんとも言えていなかったかもしれない。それよりはずっと良かった。





# by yasuharakenta | 2019-03-17 21:59 | エッセイ

君のことを思い出す
君のことを思い出してる
いま君のことでいっぱい

君のことを思い出し終わる
君のことを思い出し終わりそう
あ、君がいなくなっちゃった

思い出し終わったから
次は何を考えようかな
また君の巻でもいいんだけど

君のことを思い出す
楽しくて悲しくなる
だからお休みさせてね

君のことを思い出し終わる
君のことを思い出し終わりそう
あ、君がどっか行っちゃう




# by yasuharakenta | 2019-03-16 23:33 | 詩、歌詞

失礼な依頼だった
私に友人を作れというもので
一応訳を訊くと「一人では淋しいでしょう?」
そう優しい笑顔で言ったがふざけるな
二人でも淋しいでしょう
現に今だって

失礼な依頼だった
私の生活を撮らせてくれというもので
一応訳を訊くと「他の人とは違う生活に興味があるんです」
そう落ち着いた言葉で言ったがふざけるな
好き好んで同じ生活をしてるんだろう
だから私が別になるだけ

失礼な依頼だった
死ぬのは怖くないかというインタビューだ
一応訳を訊くと「みんなあなたの言葉を欲しているんです」
そう代弁者面して言ったがふざけるな
と反論するのが分かって来たんだろう
がっかりさせないでくれよ




# by yasuharakenta | 2019-03-15 23:56 | 詩、歌詞

朝飲むコップの水を
口から全部こぼしてみる
耳にばちゃばちゃと水の音
液体が下着を通って脚を沿う

面白いね
おもしろいよね
なのに全然笑えない
コップを置くので精一杯

水は拭けばいい
服は洗えばいい
別にわるいことしてないよ
こわがらないで

日本中の動き出した朝に
ちょっとパンチしただけ
別にわるいことじゃないよ
しごとがふえただけ




# by yasuharakenta | 2019-03-14 23:46 | 詩、歌詞

我を忘れてに憧れて
今日くらいお酒をたらふく飲もうと決めたのに
油断して次の日の心配

我を忘れてに憧れて
電車でいちばん遠くに行こうと決めたのに
度胸なく初乗り切符

我を忘れてに憧れて
思いの丈を会社でも家族にも言おうと決めたのに
またびくついた挨拶だ

我を忘れてに憧れる私
不満に思うこと全部書き出そうと決めたのに
5行だけのノートが12冊

変われない変われない変われない
本屋に並ぶタイトルだけで
変わった気になる1日限定のヒーロー

どこにもいけないだれにもなれないだれからもみられていない
決めたのに変われないのは決めてないんじゃない
決意の量が絶望的なだけ

我を忘れてに憧れて
変われない自分を認めようと決めたんだ
なのに乗換駅で電話

有給使って
みんなに内緒で
待機するパスポートセンター

どこにいくかは知らない
いかないかも知れない
でもいこうと思えばいけるということ

お金の心配は
なくなってからしよう
私の性格だどうせ使い切れない

見くびってんだ私を
挑発してんだ私を
見せてみろよ 私を




# by yasuharakenta | 2019-03-13 23:51 | 詩、歌詞

ただの高校卒業を
きっかけになんかしない
みんなそう思ってたのかもしれない
区切りをつけるつもりなんてみんななかったのかもしれない
でもただの高校卒業は
大きな区切りになった

大学入学に乗り遅れて
いつも秋みたいで
次に泣くのは君に会ってからって決めたのに
私とは違う大学1年生だ

2ヶ月が
2年と同じくらいになって
20年とまったく同じになってくんだ

2ヶ月が
2年と同じくらいになって
20年とまったく同じになってくんなら

2ヶ月待てばいいのか
20年あれば
1度くらい楽しくできるよね
同じ高校生だったんだから




# by yasuharakenta | 2019-03-12 23:45 | 詩、歌詞