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カテゴリ:エッセイ( 14 )



 少し前に、銀行の口座をつくる機会があった。
 口座開設は何度か経験があったので、いつもどおりの手続きを進めていたときだった。2枚目の用紙を渡された途端、手がとまり、汗がふきだす。
 そこには「職業を選択してください」という欄と、「現在の職場の住所」という欄があった。このころちょうどアルバイトも何もしていなかった。
 ここに「無職」「住所なし」と記入すれば口座が開設できないかもしれない。でも「ここに『無職』と書いたら開設できないんですか」と聞けば、それが無職だと認めているようなもの。「はい、そうなっております」と言われたらアウト。
「そもそも、口座開設に職業は何の関係があるんですか」
 そう問いただしたい気持ちも出てくる。けれど目の前の行員がシステム全般を担っているわけもなく、強く主張すれば「そういうことになっているの一点張り」か「責任者を呼ぶ」のどちらかになるのも目に見えていた。「あなたの言うとおりですね。とりあえず無記入で全然いいですよ」なんてことにはなり得ない。
 それに、普通に働いてる人は「何の関係があるんですか」とは口にしない。困らないから。だから問いただすこと自体がやはり無職だと言っているようなもので、「そういうことになっている」場合口座はつくれない。堂々めぐりだった。
 他の欄を先に埋めながらはっと、前に少し手伝ったコンビニのアルバイトで「一応籍を残しておいていい?」と頼まれたのを思い出した。すぐにスマホでグーグルマップを開いて最寄り駅を検索し、指で道をたどってそのコンビニを見つけ店名と住所を表示。何食わぬ顔で書き写した。
 いちいち連絡されないかとハラハラしたけど、口座はその場で開設された。職業欄を埋めたからかどうかは、わからない。


 身分がないというのはこういうことなんだ。
 身分がないというのは、どうして身分がないとだめなんですかと「言えない」ということなんだ。身分があるのが当たり前の世界だから。
 身分について言えないから、言わずに済むよう、聞かれずに済むよう、こそこそ生きるようになるのもわかる。去年大ヒットした映画・万引き家族は、ぼくにはそういう点でも刺さった。
 ぼくが就活をやめたり、長く続けたアルバイトをやめたりしたのにもそれなりの理由があった。ちゃんと考えたつもりだった。だけどこういう心情まで探れなかった。予測不可能という言葉じゃたりない。予測しようと思ってできなかったのではなく、「ある」ということ自体を知らなかったから。


 ずっと「いい第三者でいよう」と思ってた。
 自覚的になったのは高校生のとき。姉に子どもが生まれたのがきっかけだった。かわいすぎるこの子も、いつか家と学校でつらくなるときがくるかもしれない。そのときに「ちょっと泊めさせてくれない?」って言ってもらえるようになりたかった。
 塾の講師をしていたときもそう。家と学校という巨大コミュニティ以外を知らない中学生高校生にとっての、別のコミュニティになろうとした。親にも友達にも言えないことは、俺に言ってくれたらいいよと思ってた。
 心がけていたのは、浮遊すること。家族や友達に話せないのはしがらみがあるからだ。だからそのどちらにも所属していないふうに、なるべくふわりといるようにした。
 塾の先生や叔父さんというポジションはそれに最適だった。そういう人に、中高生のころの自分が会いたかった。別に全員のヒーローになろうとしたわけじゃない。「いつだってヒーローになる覚悟はできてるからね」という姿勢を見せることが、ぼくにとっては大切だった。
 実際に悩み相談はしなくてもいい。悩み相談を、しようと思えばできる人がいるという事実が、ぼくらには絶対に必要なはずだった。


 第三者にしかできないことがあると信じていたし、それは実際に、ある。
 ニートが職業欄を見て「なんで職業を書かなくちゃいけないんですか」と質問すれば、ああ無職だって言いたくないんだと思われてしまう。年配の女性が年齢欄に対して「どうして年齢を書く必要があるの」と聞けば、ああおばさんだってバレたくないんだと思われてしまう。LGBTの人が性別欄を指さして「男か女かって選ばなくちゃいけない?」と言えば、あ、この人ゲイなのかもと思われてしまう。
 当事者が言うと、そういう無駄な物語性が生まれて、意見の良し悪しを純粋な目や耳で見聞きしてもらえなくなる。
 だから当事者以外が必要になる。職業欄については職がある人が言わないといけないし、年齢欄については年齢を気にしてなさそうな世代が言わないといけないし、性別欄についてはLBGTじゃない人が言わないといけない。第三者には、無駄な物語性がつきまとわないから。第三者だけが、物語の外から意見だけを投げ入れられるから。


 茂木健一郎さんが言うには、逮捕されたときの「容疑者」という言い方を海外ではしないらしい。Mrなどを使うだけ。日本語でいうところの「さん付け」だ。
 すごくいいと思う。賛成。
 だけど、もし俺が何かで捕まったあとで「容疑者って書くなよ」って言っても、聞いてもらえないはず。
 自業自得だとか、当然の報いだとか、そういった無駄な物語性のせいで「容疑者と呼ぶことの是非」について冷静に考えてもらえないはず。
 そのことを一番考えている本人の意見なのに聞かれないのはおかしなことなんだけど、でもそれは物語が感情を生んでしまうから。感情論は常に優勢。
 その余計な感情なしで伝えられるのは第三者しかいない。当事者では、理解され浸透されるまでに、物語が解けるまでの無駄な時間がかかる。


 就活でしか着ない女性のあの黒いスーツ。もったいないと思う。会社に入ればどうせオフィスカジュアルの洋服を揃えなくちゃいけないんだから、就活のときからそれでもいいと思う。でもそれを就活中の学生が言ったら、めんどくさいやつだと採用してもらえなくなる。
 何度も書く履歴書。手間しかかからない。A4用紙にこちらが指定した必要事項さえ書いてあれば、手書きでも印刷でもフォーマットは何でもいいですよってどうして言わないんだろう。でもそれを面接される側が言ったら、ルールに従えないやつだと採用してもらえなくなる。
 でも実際、面接で「スーツって必要ですか」「履歴書って手書きじゃないといけないんですか」って言われたらめんどくさく思うんじゃないかな。
 ポイントカードの入会書でもいい。受付をしているときにお客さんから「生年月日と性別は必要だと思えないので書きたくないんですけど」って言われたら、めんどくさい客だと思うでしょ。
「あ、でも書いてもらわないと」「うーんちょっと嫌ですね」「そう・・ですか・・・」
 なんだこんな社会!と歌うロックバンドのライブでみんな手をあげて跳ね上がってるけど、こんな社会は自分もつくってる。こんな社会と自分の社会は分離していない。
 だから「スーツも自由で、履歴書も自由なとこ選べばいいじゃん」と言われても頷けない。そのルールが適用されてることに疑問を持ってるのであって、ルール圏外に行きたいわけじゃないから。
 でもそのルールの内側で、する方もされる方も物語から抜けられずにいる。


 結構好きな役者さんが「映画館でぜひ」って言ってる。なのに行かないのはどうして。その理由は、そう言うしかないんだろうなって思うからじゃないかな。
 だけどその映画が大ヒットしているとネットニュースで読んだら、急に興味が湧いてくるかもしれない。これも第三者の例。当事者(この場合出演者)の言葉は無駄な物語性がじゃまをする。
 正しいことを言っているはずのデモや演説を疎ましく感じてしまうのも、そういうことなじゃないかなと思ってる。
 CMがここ数年、有名人が出てるものばかりじゃなく、一般の人(っぽい人)が多く出てるもそういうこと。ギャラだとか利害関係とは関係なさそうな、第三者的な意見として映るようにしてる。


 性別欄とかスーツとかの疑問を口にするのは、空気が読めないからじゃない。
 めんどくさいとわかっていてわざわざ口にするのは、それだけその人にとって重要な問題だからだ。空気を読まないようにがんばってる。本当は口にすらしたくないナイーブな問題だってあったはずなのに。
 週に1回はPCやスマートフォンでちょっとしたアンケートに答えさせられる。その限られた設問にわざわざ「男・女」の欄がある。クリックをする度に傷ついてる人がいるんだと胸が苦しくなる。
「ゲイだとしてもさ、男女の欄くらい適当に◯しときゃいいんだよ」って言う人も、残念だけど一定数いると思う。
 だけど例えば、鉄道ファンの集いに付き添いで行ったとする。「撮り鉄・乗り鉄」というアンケートを渡されて「俺どっちでもないんだけどな」って苦笑いしながら適当に◯をする。そういう、自分の興味のないもののファンだらけのところで選択肢に丸をするようなことを、物心ついたときから、しかも頻繁にやっているんだと思えば、少しは気持ちがわかるんじゃないかな。
 ぼくも小学生のときに習った踏み絵のつらさが、今ならわかる。
 最近、「男性・女性・回答しない」とか「男性・女性・どちらでもない」という選択肢が増えつつあるけど、これって誰のための設問?と思う。多様化の時代ですよ、男と女だけだと時代遅れですよ、と言われるのを避けてるだけに思える。


 ついこの間、自分の肌と同じ色のバンドエイドをするのがどういう感覚なのか初めてわかった、という写真付きのツイートが回ってきた。泣いてしまいそうだった。
 色えんぴつでの「はだいろ」表記がもうアウトなことは知っていたのに、バンドエイドがまさにその「はだいろ」なことに気づいていなかった。
 あの黒いバンドエイドがどうやってできたかは知らない。
 でもわかる。あらゆるこのバンドエイド的問題が、第三者を必要としてる。物語の内側で、気づいてってテレパシーを送ってる。



関連エッセイ
変なクラス
オムニバス塾
バンドエイドのツイート

by yasuharakenta | 2019-04-30 23:55 | エッセイ


 個別指導塾で講師の仕事をしていた。ある日の授業中、別のブースから小3くらいの男の子が音読をする元気な声がした。
「うしろに『はっちゃん』と!」
 すかさず先生の声が追いかけていく。
「違うでしょ! 後ろには、ちゃんと! でしょ!」
 吹き出すかと思った。
 ということで今回は塾でのお話。オムニバスだよ。


 ときどき他の先生の授業を代講することがあった。
 授業の最初、その日担当する中1の女の子に報告書(連絡帳のようなもの)をもらって「おっ」と思った。『保護者より』にコメントが書いてある。結構めずらしいことだった。かわいい字体にちょっとした顔文字付きで、おそらくお母さんからだと思われた。ただ、少し不思議なところがあった。
「根本(こんぽん)から教えてやってください」
 なぜか、それほど難しくもない根本という漢字にルビが振られている。なんでだろうと訳を考えていると、横に押された講師印が目に入った。「根本」。
 根本(ねもと)先生の授業だった。
 根本(ねもと)先生の授業へのコメントで「根本(ねもと)から教えてやってください」はだいぶやばい。お母さんよく気付いた。焦るお母さんの想像で可笑しくなり、ねえこれ見てと生徒にも見せてふたりでくすくす笑った。


 ひとつ早いコマに来れる? と連絡のあった日があった。
 体験授業を入れたいということで、教室に着くと、室長が事前に行った保護者と生徒との面談資料を元に説明があった。
「中2の女の子で数学です。まったく出来ないということではないようなんですけど、基本が抜けているようなのでそのへんをチェックしてもらえると。それと・・」
「なんですか?」
「少しふしぎな子みたいなんですよね。面談での印象だけなんですけど」
「どんなふうにふしぎだったんですか?」
「うーん、それがうまく言えないんですよね。安原さんなら大丈夫だと思うんですが」
 最近の若い子はなんてどの世代も言われるけど、塾講師をやっていてよかったことのひとつに、一人ひとりと話せば自分の頃と全然変わらないなと思えたことがある。みんなバラバラだし、多かれ少なかれ変だった。だから、いつもどおりやろうって決めた。
 時間になると、黄色と緑のリュックを背負った女の子が「こんにちはー」と伏し目がちに入ってきた。資料にあった名前を呼んで、今日担当する安原です、よろしくねと名札を見せながら言った。
「あ、はーい」
「じゃあ、あっちの席に行こうか」
 たった15歩くらいの距離だけど、早足にならないように気をつけて歩く。
「あのお」
 その短い間に話しかけられた。
「ん? なに?」
 振り向いて足を止める。
「進研ゼミよりいいんですかー?」
 おかしなことを言ってやろうというテンションではなく、本心そのままのような平坦なトーンだった。『え』と『あ』が同時に浮かぶ。
「あはは。うーん」敵じゃないんだよというのを笑顔で伝える。「進研ゼミもいいと思うけど、今から体験授業やるから、それで自分でどっちがいいか考えてみたらいいんじゃない?」
「あー、なるほどー」
 
 体験授業の目的はがっつり授業をすることじゃなくて、本人の状況や誰の意思でここに来たのかを聞いて、問題で実状をチェックして、これから何をしていくべきかを提案できるようにすることにある。
 通知表とは関係なく自分の理解度は5段階でどのくらいだと思う?と質問すると「2か3くらいかなあ」と返ってきたので、まず中1の基本計算を1問やらせてみた。なんとか正解はしたけど、困りながらで解法もシンプルじゃなかったので、小さなホワイトボードに『ここだけ注意』というポイントを書きながら解説して、
「見ながらでもいいから、もう1問解いてみようか」
 と促した。だけどその子はすぐに解かず、ノートにそのポイントを写し始めた。
「あ、いいよいいよ写さなくても」
「え、そうなんですか」
「ノートにポイントを書くのもいいけど、実際に解いてみて『そういうことかー』って思うのもいいんじゃない? やってみて分かるなら書かなくてもいいってことだし、やっぱり忘れそうだなって思ったらそのとき書けばいいんだしさ」
 するとその子が「あー、進研ゼミよりいいかもー」と言った。
 ここ?
 大声を出しそうになったのを抑えて「そう? ありがとう」と言った。そのあとその生徒は入塾して、高校生になるまで担当した。


 教室が人でいっぱいになる講習期間。コマ数も増えるので同じ生徒を何人かの先生で担当することもあり、当然初めて受け持つ生徒もでてきた。
 ある冬期講習で担当した中3の女の子は最初から心を開いてくれた。『心を開く』というのはこの頃の女の子にとって、『グチが言える人だと認識する』ということ。
「ねー、この前の先生超やだったんだけど!」
 ほらね。昨日担当した先生が合わなかったようで、その不満を僕の授業中に言ってきた。
「そうかなあ」
 講習中はどのブースも満席。他の先生の悪口をこれ以上広げるわけにはいかなかった。
「そうだよ! なんかね、ねちょねちょしてる!」
 中3の女子がぶーぶー言ってる様子をイメージしてもらえれば、それです。
「なんでそういうこと言うの! そんなことないけどなあ」
 と言いながらテキストに視線を落として次の問題に行こうとする。
「しかも!」
「なにー」向こうの大声作戦によりこちらの作戦失敗。
「この次もその先生なんだよー? 超や!」
「ちょっと静かに!」こんなに困った顔してるのに気づいて。「でも1回やっただけなんでしょ?」
「そうだけど」とふてくされた。
「それで嫌って決めるのは早くない? どうしても合わなかったら室長に相談すればいいけど、あと1回くらい頑張ってみたら?」
「昨日も頑張ったし」
「そうだと思うけど。やだーって思ってたら先生もやりにくくなるし、余計嫌になっちゃうよ」
「えー」

 なんとか会話を終え、授業も終え、次の授業の準備を立ちながらしていた。講習中はコマが連続していて、すでに次の生徒が横に座っている。
 すると背中にどんと、明らかにわざと誰かがぶつかってきた。振り向くとさっきの女の子。
「(次なんだけど!)」
 声には出さず(えらい)、口の動きと表情で必死に伝えてくる。人が行き来してる休憩時間は余計にその話題に付き合うわけにもいかず、「わかったから!」と言った。
 その言葉を聞いてその子は「ふん!」とリアクションをして自分のブースに向かっていった。手元に目線を戻して準備を続ける。
 すると横で座って待機していた生徒(中3・男子)が、
「え、何がわかったんですか?」
 と聞いてきた。なんだよ。答えられないよ。
 でも確かに、彼からすれば僕は振り向いて突然わかったと言ったことになっている。うーん。回答に迷って、
「まあ、いいんだよ」
 と、こういう大人になりたくなかった的なごまかし方で会話を中断させた。彼も受験生だからか、それ以上聞かないでくれた。
 のに、授業開始30分してまた聞いてきた。忘れろ。
「さっきのって、何がわかったんですか?」
「ええー。うーん」
 答えに詰まる。この頃よく、人の心が読めると半分冗談を言っていたので、そう言おうかなーと思っていると、
「もしかして先生、エ・・」
 と言ってきた。あ、エスパーって言おうとしてるんだ。そう、そうなんだよって言おう。『エ』から『次の音』までの一瞬でそこまで思った。人の推測力ってすごい。
 でも推測って、今までの経験から生じるもので、経験外のことに対してはまったく役に立たないこともある。今回の推測もそうだった。正解はこちら。
「もしかして先生、Mなんですか?」
「え?」
「やっぱり。Mなんだ」
「ちょっと待って」ちょっと待て。「MとかSとか、なんか勘違いしてない?」
「MだMだ」
「いや・・」と言うものの、中学生相手に『あのね、SMっていうのは』と解説し始めるわけにもいかなかった。
「え、じゃあSですか?」
「いや、うーん」
「まあまあ、わかりましたよ。先生は、M!」
 なぜか完敗した。


 他にも、授業中どうしてもお腹が減ったからとカントリーマアムを取り出して食べ「安原も食べる?」と言った生徒、まったく問題を解いてくれなかったのに俺がドラゴンボールの絵を描けると知ると「悟空とクリリンが戦ってるところ描いてくれたらやる」と言ってその後本当に絵を描いている間は解いてくれるようになった生徒、いろんな人がいた。
 呼び捨てにされることも多かったけど、別にいやじゃなかった。敬語で生じてしまう距離感を避ける方法をそれ以外に持っていなかっただけだと思う。僕自身も近所の兄ちゃんみたいな感じになれたらいいなと思っていたし。やすはらー!という声に悪意がないことくらい全然わかった。
 でも、自分から「敬語はいいよ」「呼び捨てでいいよ」と言ったら二流。強制するもんじゃないし。それに、距離を測っていく過程で会話に少しずつタメ口が混じっていくのがいいんじゃんね。長い間敬語だったのに「あのね、この前ね」と話すようになってくれるのは妙にうれしかった。
 さっきのカントリーマアムの生徒について、当時の手帳にこう書いてある。
「帰り、普通にバイバイをしあうのって、先生と生徒としてはとても素敵だと思った」


 塾の講師をしながら、なぜか一番くらい大切にしていたのが「いい第三者でいよう」ということだった。
 生徒たちの年齢では、家と学校にしかコミュニティを持たず、そのどちらかに問題が生じるただけで逃げ場がなくなる人が多いはずだった。親にも友達にも言えないことだってある。そういうことは、よかったら俺に話してくれたらいいよと思って接してた。
 今は問題がなくても、いざそういう瞬間に「あいつなら話せるな」と思ってくれればいい(頼れるなじゃなくていい)。親と学校の先生と部活の先輩しか年上を知らない人たちにとって、こういう人がいるんだなと思ってもらえるだけで、あの子たちの中での「大人」という言葉の意味が広がっていくはずだった。
 実際にときどき、静かな話をしてくれる人もいた。苦しいからしてくれる話なのにうれしかった。どういう話だったかは、ええっとそれは、内緒に決まってるよね。


 ファミレスでも居酒屋でもLINEでも、話題ってつい、面倒だった話や嫌な人の話がメインになることが多い。ときどき、それってないよなって思う。
 この頃毎日付けていた手帳での日記に、授業についての一言感想を書いていた。大変で手のかかる生徒(嫌いなわけじゃない)のは具体的なエピソードになるのに、いつもえらくて、いつも一生懸命な生徒へのコメントは「今日もいい子だった」とか「楽しかった」とかになりがちだった。それじゃあ報われないよね。昔悪かったけど今は真面目な人より、昔も頑張ってて今も頑張ってる人のほうがおもしろくあってほしい。
 だからこのエッセイも、本当はそういうエピソードを入れたほうが盛り上がると思うし悩んだけど、ちょっとした抵抗ということで。



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by yasuharakenta | 2019-03-31 23:07 | エッセイ


「ねえなんでさ、緑嫌いなのに緑色の水着着てたの?」
 中3の春ごろ、衣替えをする母親の背中に向かって言った。昔のビデオで何度か見たことのある水着が積み重なった衣類の中に置いてあった。
 母親はカエルの色だからと言って緑色を嫌っていたはずだった。特に理由もなくそれまで口にしなかった疑問を、そのときはたまたま目についたからしただけだった。
 もしかしたらお調子者の母親がどうせまた笑い話を始めるんだろうと予想していたのかもしれない。しかし振り向いた母親は、大きな目をギョロッとさせた。「健太、これが緑に見えるの?」
「え、」どういうこと、というのを半笑いで示した。「だって緑でしょ?」
 その答えを聞くと、母親はけわしい顔のまま「健太、ちょっと座りなさい」と言った。思わず正座をしてしまう。
「え、なに、なに」
「健太」母親は右手で顔の高さまで水着を持ち上げた。「これは灰色です」
「え?」
「健太、あなたは病気なの」
「え?」


 そのあと母親は、ぼくが色弱(しきじゃく)という病気であること、赤と緑が見分けにくいことがあるということ、小1の身体検査で発覚してそのあと眼科にも行ったということ、遺伝性の病気で男の人に多いということ、たぶんお母さんの遺伝子が健太に行ってしまったということ、母親自身は色弱じゃないけど叔父さんは小学生の図工の時間に友達の顔を黄緑色で描いたことがあること、そして家族で今まで内緒にしていたことなどを重々しく話した。
 眼科に再度行った覚えはなかったけど、その検査自体には記憶があった。様々な色で点描された図があり、その中に書かれてある数字を答えるという検査で、てっきりあれはあんまり読めないのが通常だと思っていた。
 話の最後、今度眼科に行きましょうと言われて頷いた。


 ドラマのような病気の告知と雰囲気に飲まれて足取り重くリビングに行くと、姉がソファで寝転んでいた。「なんか病気らしいね」とぼそっと言うと、姉は読んでいた雑誌ごとバサッと起き上がった。
「・・聞いたの?」
「うん、なんか色弱だって」
「そう・・。びっくりした?」
「うん、まあ」
 そのあと姉は、高校の保健の先生に教えてもらって色弱の本を読んでいたこと、健太がどうやって服を選んでるのかが不思議だったことなどを話してくれた。妹と父親の反応もだいたいそんな感じだった。
 2日ぐらいは少し落ち込んで、同級生に打ち明けようか迷ったりもした。悲劇のヒロイン的な感傷の仕方だったように思う。
 でもその後、色弱についてはまったく気にならなくなった。眼科の先生が言ってくれた言葉のおかげだった。


 駅横の眼科は、前に行ったときとは違い内装がきれいになっていて、院長先生も女性の若い先生に替わっていた。
 母親を待合室に待たせて、まずは普通の視力検査に赤が強いだの緑が強いだのが加わった検査をした。そのあとが、20個程度の色をグラデーション通りに並べ直すという検査だった。
 一番端に来るだろうという色を決めて、それを基準に並べていった。なのに5個くらい並べるとまたさっきと似たような色が目についた。その色を列の間に入れると今度はグラデーションが崩れた。結局半分も並べることができず、このとき初めて色弱という病気(今は色覚特性と言い、小学校での検査もないようです)を言葉ではなく実感した。並べられないのは分かったから正解を並べるところを見てみたかったけど、それをお願いすることが出来ず、5分くらいガチャガチャやったところで「はいじゃあそこまでね」ということになった。
 待合室に戻ると母親にどうだったか聞かれたので、あれ難しいねと答えた。
「ねえ健太さ」と母親が小声になったので耳を近づけると、「視力検査のときに上とか右とか指でやるのやめなね、もう中3なんだから」と言われた。恥ずかしくなって「いや違うんだよさっきのはさ」と言い訳をしてたら名前を呼ばれた。


 髪の長い院長先生の、前の丸椅子に座る。そのうしろに母親が立った。
 先生は、分かりやすく、かつ丁寧で優しい言葉を選んでくれた。


「健太くん、健太くんは確かに色弱という病気でした。これは簡単に言うと赤と緑を見分けるのが苦手な病気です。今までに黒板が見にくいと思ったことはあった?
 うんそっか。ときどき黒板の緑と赤のチョークが見づらいという人がいるんだ。それと、色弱は遺伝的なもので男の人に多い病気です。その割合は5%で20人に1人。だいたいクラスに1人くらいの、決して珍しくない病気です。だからお母さんを責めたりしちゃいけないよ。
 えらいね。色弱の人がなれない職業がふたつあります。パイロットと印刷屋さんです。健太くんはそのふたつになりたいと思ったことはある?
 そっか。それならまったく問題はありません。この病気だからと言ってダメということは全然ありません。気にしなくていいんだからね。病気だって言われてびっくりしたかもしれないけど、落ち込んだりしなくていいんだよ。全然大丈夫です」


 この言葉を、たぶん100%受けいれた。
 色弱はその瞬間にまったく気にならなくなった。家族は気にしすぎだったと思った。でも自分の遺伝子でそうなってるんだと思ったら気にしちゃうのかも。そう考える余裕さえできた。
 高校でも隠すことはしなかったし、周りのみんなも高校生ともなれば笑いと気づかいのバランスが上手くなっていたので、だいたいは笑い話になった。赤と緑が苦手らしいと言うと全員が「じゃあこれは?」「これなんだ!」と、真っ赤なガーナチョコのパッケージや真緑の掲示板などを指さした。それは分かるんだよと言うと、よくわかんねーとまた笑いが起こった。何十回と説明してきたけど、上手く説明できたことはない。
 クラス替えをしてまでもダサいと言われ続けた7000円もするグレーの長袖は、水色だった。生物の遺伝の授業で活躍した。ネギトロ丼の最初の一口がまるごとわさびだった。それら全部を笑い話にできたのも、あの先生の言葉のおかげだった。


 そのあと、母親を嫌いになった。
 高3になる頃だったと思う。話しても話しても分からないから口をきかなくなった。
 当時、ぼくが一番嫌だったのは「思春期だから」とか「まだ若いから」と言われることだった。こんなに考えているのに。そんなに考えてないくせに。いろんな大人に対して思った。だから母親との口論中にも、思春期だからこう考えてるんじゃないと何度も怒鳴った。
 その証拠として、「もしあなたが死んでも、葬式で『ごめん俺が間違ってた』なんて絶対言わない」と言ったことがある。感情的な母親は、口論中ぼくの表情が反射して不機嫌な顔をしていたのに、そのときだけはこころの内側から殴られたような顔になった。
 それでも口論は不定期に続いた。怒りで震えるということが本当にあるのだと知った。苛々して苛々して手をあげそうになったとき、「女の人と自分より年下の子には手を出しちゃだめ」と、小さいころの妹とのケンカで母親に散々言われた言葉が思い出されて、呪いのように動きを封じられた。
 この頃、父親に頼んだのかもしれないがなぜかぼく主導で、ビデオデッキから使い方のまったく違うハードディスクレコーダーに買い替えた。ほとんど勝手に買い替えたので、コピー用紙3枚に録画の仕方と再生の仕方を書いてセロハンテープで貼って置いておいた。ある日、母親がテレビの前で背中を丸めてその紙を見て必死に録画しているのを見かけて、ぐうぅっと胸が痛くなった。
 恐ろしかったのは、次第に怒りの理由を忘れていったことだった。親のくせにと思っていたのは確かだけど、具体的なエピソードがどんどん失われていった。嫌なことは思い出さないようにするからなのか、それともそれほどのエピソードでもなかったからなのか。前者であることを祈った。


 そして高校を卒業して半年、両親が離婚した。
 小さい頃、まだその気配を感じる前は「離婚したらさ、殴るからね!」と食事中に笑っていたぼくも、当然のように賛成してやっと決まった。引っ越しの日、今思えば説教のような置き手紙を母親にした。
 母親がいない生活では、心が不必要に荒れることもなくなっていった。それまでは「おかえり」を聞くのが嫌で、MDプレイヤーを爆音で流しながら帰宅する行為を発明だ!と興奮したこともあったほどだった。
 でももう本当に一生会わないかもしれないな。そうも思った。


 ところが会う機会は意外にすぐやってきた。
 なにかと問題の起こる家族だった。離婚から数年後、「今こそ協力しましょう」と母親から父親にメールが入った。困った顔をした父親にそのメールを見させられて、「そういうとこだよ」と辟易した。お喋りな母親とそういう場で無口になる父親が話し合ってうまくいくはずがない。はあ、とため息をついて、
「俺が会ってくるよ」
と言った。「大丈夫なの?」と言われたけど仕方なかった。数年ぶりにメールをして日時と場所を決めると、母親は「いいの?」とどこかうれしそうだった。そういうとこだよ、と思う。

 待ち合わせた駅に母親を見つけた。少し太っていて、髪型が変わっていた。「健太、元気だった?」と笑顔を見せる母親もやっぱり緊張してるみたいだった。母親にそこでいいかなと言われてルノワールに入る。こんなとこ初めて入るなあと思った。
 1時間くらい本題について話したあとで、なんとなく雑談の時間みたいになった。そうするとお調子者の母親が顔を出して、健太の小さい頃はあんなだっただとか、こんなことして大変だったんだからと鉄板の話を次々とし始めた。そうだったね、そうだったのと笑っているうちに、なんというか、この言葉が適切か分からないけど、「かわいい人だな」と思った。うーんというか、「しょうがない人だな」と思えた。ぼくはずっと母親に変わってほしかった。だけどこういう人なんだなと思えたら、すでに実体を失いかけていた怒りがふっと消えてった。母親を許すふりして、数年分の自分を許した。あっけなくてこんなもんかよと思った。小1の俺が、テストに「先生、自分で考えればいいじゃん」と書いた話をしていたあたりだった。


 その日の直前に、色弱とは別の病気で、すでに治ってる病気を未だに隠されていたことを妹が口を滑らせて知った。自覚させて治すか自然に治すかの二択で、絶対に言わずに自然に治すという選択をしたらしかった。
 父と姉に言うと、色弱のときと同じ「・・聞いたの?」という反応をした。治ったんだからいいでしょと思いながらもそのとき、自分はずっとそういう立ち位置だったんだなと知った。治っても言わなかったことはアホだと思うけど、心配かけていたんだなみんなにとは思った。妹は小さかったので、そのことを言いそうになるとわけも分からず叩かれたこともあったらしい。
 そうだったらしいねと母親に伝えると、母親は怒った。「あの子はまったく・・!」と、口を滑らせた妹に対してだった。
「いやいいじゃんもうとっくに治ってるんだしさ」
「いーや。私は死んでも言わないつもりだったんだから」
「なんでよ。色弱だってそうだよ、あれ言われたの中3だよ?」
 そう言うと母親の顔がまた少し曇った。ついさっきまで緊張してたのに笑ったり怒ったり苦しくなったり。そういう人なんだ母親は。
「いやいいんだよ、あのときの眼科の先生にちゃんと説明してもらって、全然気にしてないんだから。パイロットと印刷屋にはなれないけど全然大丈夫だからねって言ってもらったんだからさ」
「私が言ってもらったの!」
 ん?
「健太が検査してたでしょ。そのあいだに、『どうか不安にさせないでやってください』って紙に書いて先生に渡してあったの!」
「え、でも先生がやたらと励ましてくれて」
「だから、それは私が言ってもらったの。健太の後ろでお母さん泣いてたんだから」


 色弱だと自覚すると、確かに見にくいなと思うものが目につくようになった。
 赤ペンより青のほうが目立って見える。免許合宿の最初の検査で帰されないかドキドキした。街の信号がLEDになっていってよかった。洋服屋ではこれって何色ですかと聞くこともある。カーキって赤系だと思ってた。そこ鉛筆じゃなくて赤で書いてねと塾の生徒に言ったらもう赤で書いていたこともある。肉の焼き加減がわからないのは結構困るなと最近は思う。
 でもいつも冷静でいられたのは、クラスに1人くらいという事実と、それを話してくれた先生の言葉があったからだった。あそこまで丁寧に言われていなければもう少し動揺したままだったかもしれない。
 だけどそれは母親の言葉だった。心配しすぎなんだよと思った家族の言葉だった。


 そのことに気づいたからと言って家族の問題が魔法のように解決したわけではないし、SNSで繋がるくらい家族仲のいい人に引いてしまうこともある。
 あの言葉も、自分の遺伝のせいだと気にした母親が言わせただけだし、その意図をたまたまあの女性医師が汲んでくれただけ。
 でももしかしたら、今も高校生のときの自分の思考を大切にしすぎていて、一生会わず、葬式でごめんとも言えていなかったかもしれない。それよりはずっと良かった。





by yasuharakenta | 2019-03-17 21:59 | エッセイ


 副都心線とつながる前の東横線渋谷駅は、車庫っぽいというか、トーマスっぽいというか、顔を向けた待機電車がズラッと並ぶ、始発駅特有の景色がある駅だった。
 その駅を使って、隣の代官山駅まで行く用事があった。改札をくぐるとやっぱりいくつかの電車が待っていて、その中から次発の電車を電光掲示板でしらべて、見つけたその電車のいちばん手前のドアから乗車した。
 いちばん手前だからかそのドア付近はやたらと混んでいて、まだ発車していない車内をドア1つ分歩いて、座席前のつり革につかまった。


 ドアが閉まり、電車が出発すると、ぷーんと甘い匂いがした。
 美味しそうないい匂い。なんだろうこれ香水かな、すっごく好きな匂いだけど・・。僕は別に匂いフェチでもないと思っていたから、食べもの屋さんの前以外で匂いに惹かれること自体初めてだった。意識すれば意識するほど、どストライクの匂いな気がする。
 その匂いの出どころを探すと、水色でシャカシャカな、サイズオーバーのジャンパーを着てドアの横に立つ女性だった。すぐ右斜め前に立っていたその人は、お世辞にもおしゃれとは言えなかったし、だからこそ香水をつけているとは思えなかった。香水だけ張り切ってる人なんて見たことないし。でも、すっごく好きな匂い・・・!
 そのギャップに突然ドキドキしてきた。なんでだ。なんでかわからないけどするもんはした。異様にその女性が気になる。
 え、どうしよう。え、なにがどうしよう? 急に始まる自問自答。どうしようって、声かけるつもり? え、ナンパ? 車内だよ? っていうか匂いで声かけるってどうするの気持ち悪すぎるよ。え、じゃあ香水なに使ってるんですかって聞く? 車内だよ! っていうかもう着くまで2分もないよ。どうしよう。どうする・・?
 そわそわしていれば、当然身体や目線もきょろきょろと動く。無意識的に周りに人がいないかを確認していたのかもしれない。嘘! 意識的!
 そわそわと左のほうを向いたり、きょろきょろと右のほうを向い・・・。右斜め前にいるその女性より、もう少し首をぐいっと曲げてさらに右のほうを向くと、大学生くらいの男女3人組が輪になって、パンを食べていた。


 あ、パン・・と認識をすると、形をもたないはずの匂いたちがどんどんと集まって、「ぼくはメープルだよ!」と教えてくれた。な・・・・。
 なんで車内でパン食ってんだとか、ただのおしゃれじゃない人だったのかとか、パンは気づくだろとか、頭に浮かんだいろんなツッコミの中で、意外といちばん印象に残っていたのは「俺って、メープルが好きだったんだ・・」だった。


 ということで、代官山駅に到着すると、女性についての悩みも、匂いについての悩みもなくなった身体で、すうっと電車を降りることができた。
 あれだね。もしかして、当たり前の日常って、奇跡の連続でできているのかもしれないね。




by yasuharakenta | 2019-01-26 21:46 | エッセイ


「姉と妹は最初からよく出来たから、ちょっとしたことで『なんでできないの』『どうしてこうしちゃうの』って言ってたら勉強ができなくなっちゃったけど、健太は元からなんにも出来なかったから、ちょっとしたことでも『すごいね』『えらいね』って言ってたら勉強ができるようになった」とのちに母親は言った。その理論が合ってるかはわからないけど、たしかに6才のぼくはアホだった。
 世の中は自分にないものだらけだったけど、そのかわりたくさん見てたくさん考えてたような気もする。


 小1の算数の授業をなぜか視聴覚室の床でやった日があった(なぜ)。先生が黒板に「2+5」や「3+4」とまず問題を書いて、それを床に置いたノートに写す。なのに隣にいた本村はノートに「2+5-」「3+4-」と書いていた。
「次が『ひく』かわからないじゃん」
 そう本村に小声で言うと、本村は「だって、『わ』だったらこうして『=』にすればいいし、『たす』だったらこうして『+』にすればいいじゃん」とぶっきらぼうに答えた。
 ぶっきらぼうだったせいでそれ以上なにも言えなかったけど、内心『おおおおお』とか『あああああ』と思ってた。生まれて初めて、感心というものをした瞬間かもしれない。


 小学校の算数の授業でずっと不思議だったのは数字の「9」についてで、入学後に初めて自分の「9」とみんなの「9」が違うと気がついた。他のみんなのはシュッとしててかっこ良いのに、ぼくの「9」はまあるくて不格好。
 ぼくはまんなかの交点から右回りでぐるっと書いていたので、ちょうど「6」を逆にしたような形だった。でも他のみんなのは右上あたりからまっすぐな線になっている。自分の「9」も、右上に来たときにシュッとまっすぐにしてみたけどなんか違った。何かが決定的に違う気がしたけど、こんなシンプルな文字を、他にどう書けばいいか分からなかった。
 だから、長い観察の末に「右上から左回りでマルを書いて、戻ってきたら今来た方向に棒をおろす」と分かったときは本当に驚いた。行って戻るってありなんだと思った。


 この頃、一番衝撃的だったのはせきやまこうたろうの絵だった。
 幼稚園ではことあるごとに絵を描かされて、それが壁に貼られた。そのときの題は「お休みにしたこと」。ゴールデンウィークか何かの後だったんだと思う。同級生のせきやまこうたろうは動物園に行ったらしく、きりんの絵だった。画用紙のまんなかに、右向きのきりんの全体が足元まで入るように描いてあった。
 ただその絵のきりんに重なるように、右斜め、そして左斜めのはいいろの線が、画用紙全体に交差していた。それは、フェンスだった。
 対象よりも前のものを描くということも、その対象にかぶせて描くということも、他では見たことなかった。
 おゆうぎ会(発表会)の後でも絵を描いた。だいたいみんな、自分では見れないはずの自分の出た演目についての絵を描いていて、その点ではせきやまこうたろうも同じだった。
 ただ、そのせきやまこうたろうの絵は、下4分の1程度がぎっしりと並べられたたくさんの黒い半円と、同数の赤い箱のようなもので埋まっていた。これなんだろう・・とじっと見ていると、ある瞬間にハッとする。それらは赤い座席に座る、観客の頭だった。
 あったまいいーーって、あのとき以上に思ったことはないかもしれない。


 その幼稚園には、オプションで選べる放課後の学習教室があった。いくつかあるなかで、算数教室はその部屋が園児でぎっちぎちになるほど人気だった。
 ぼくが選んだのはお絵かき教室。先生もいれて6人しかいなかった。算数と同じ面積のはずの教室はがらんとしてたけど、ぼくはこのお絵かき教室が大好きだった。なぜか風景を思い出すと、いつも一番きれいな夕焼けになる。大きな窓の教室だった。
 このときだけ来るひげの先生にその日描いた絵を見せると、輪ゴムでくるくるっと丸めてくれた。その輪ゴムの箱が妙に大人っぽく見えた(のだけど、それはのちに、今見ても渋すぎるデザインだと思うオーバンドという有名な輪ゴムの箱だと知った)。
 唯一覚えてる絵は、父親が左に向かって歩いていて、その後ろを姉が一輪車で、さらに後ろをぼくが自転車に乗って進んでいる絵で、たぶん一番褒めてもらえたんだと思う。写真のように記憶している、絵を見せながら帰る道も、夕焼けと一緒だった。





by yasuharakenta | 2019-01-16 11:47 | エッセイ


 一日スノーボード券付きの北海道旅行を予約して男二人で行った。
 スノーボード当日は朝ホテルのロビーに集合して、同プランに申し込んだであろう人たち20人くらいとマイクロバスでスキー場に向かった。
 すぐ前の席にきゃんきゃんとした声で大学生ぐらいの、「ギャルじゃん」と言われて「ギャルじゃねーし」って返してそうな女の子3人組が座っていて、その子たちはニット帽姿の自分たちをiPhoneで5分ほど自撮りしあったあと、着くまで爆睡していた。


 到着後、ボードをレンタルしてゲレンデに出た。一面真っ白な景色は何度見ても心がすうっとする。騒がしいのに静かなのがふしぎ。雪が音を吸収するせいだろうな。
 僕の実力はときどき転ぶ程度で初心者ではないくらい。だけど友達は1年ぶり2度目のスノボでびびりまくっていたのでまずは練習しようということになった。
 山頂まで行くらしいメインのリフトがまだ動いていなかったので、あまり難しくなさそうなコースまで別のリフトで移動して、「そうそう」だの「そうじゃない」だの言いながら一緒に少しずつ滑った。


 下まで戻ってくると、メインのリフトが運転を始めたらしく軽く列ができていた。
 その中に一つやたらすいてる列があって、それが「おひとりさま」用の列だった。後ろを歩く友達に「まあいいよね」と言ってそこに並んだ。リフトは大体が二人乗りだけど、ここはメインだからか四人乗りの大きなリフトのようだった。
 そんで、僕が同乗したのがさっきの3人組。僕が後ろの座席だったからその子たちは気づいてなかったかもしれないけど、僕は「ギャル」と思った。


 ガコン、とリフトが揺れる。係員の合図で4人同時に座ったところ。3人組は右側、僕は一番左。って当たり前か、真ん中なわけないよね。
 このリフトの特徴は、上から大きくて透明なカバーが下りてくるところ。おかげで雪にも風にも当たらないから全然寒くないし、それどころか恐怖心もだいぶ緩和される気がした。


「このカバーがあるだけで全然ちがうなあ!」
 そう言ったのは一番右に座る女の子。関西のイントネーションだった。
 おんなじ意見だなあと思う。ねーすごいよねこのカバー。
 でも他の女の子たちは「そう?」とあまり関心がないようだった。
「そうやん! 雪が当たらんだけで全然違うやん。だからチョコ食べよかな。食べる? アルフォート」
「アルフォートは後でにしとく」
「じゃあシンプルなのにしとこー」
 展開が早い。あっけにとられているとチョコの匂いがしてくる。カバー付きだから。おいしーって言ってる。アルフォートはそんなに複雑なチョコレートじゃないけどな。


「これどこまで行くん」
 僕の真隣、3人の中では一番左に座る女の子が質問すると、真ん中の子が「あのリフトに乗り換えちゃうかな」と指をさした。
「いやでも山頂まで行くゆうてたで」とチョコの子が訂正する。いや君しっかりしてんのかい。でもそうそう。山頂行きって書いてあったよね。
「えーまじか」質問の子が言った。まじだあ!
 ただ、斜面が急なせいか、確かにどこに向かってんのかあんまり分からなかった。あのリフトに乗り換えですって言われてもそうかもなと僕も思う。
 そしたら、チョコちゃんが身を乗り出して「おにいさんここ初めてですか?」と僕に聞いてきた。
「あ、そうですそうです」チョコちゃんに答えた。
「このリフトって山頂まで行くんですっけ」
「そう書いてありましたけどねー」
「そうですよねー、ほらやっぱりー!」チョコちゃんがぶーぶー言うと、質問の子が「まじなんだー」と言った。


 ということで山頂まで続くメインのリフト。会話はまだまだ続く。
「ほんま、雪当たらんだけでこんなに違うんやな!」
 一番右のチョコちゃんがまた言った。なのにやっぱり共感を得られず、真ん中の子に「そう?」と言われている。
 ただ、話はここで大きく展開する。
「でもこの、もあんもあんしてるのいやや」
「え?」「もあんもあん?」
 僕の真隣、女の子の中で一番左に座る質問の子が謎の発言をした。他の二人同様、僕も「え?」と思っている。
「なんかもあんもあん言ってるやろ。これがいやや」
 え、あ、これか! 確かに、カバーがあるせいかずっと低音のもあんもあんが聞こえてるような気もする。それには二人も気付いたみたいだった。だけどそれは、共感ではなかった。
「こんくらい我慢しーや!!」「なんやねんもあんもあんって!!」
 そうわーわーリアクションをすると、そのあとは口で、
「もあんもあんもあんもあん!」「もーあんもーあんもーあん!」
 と大声で言い始めて、質問の子に「やめてって!」と絶叫させていた。


「しかも、マジックテープの音もいややから」
「え?」「なんて?」
 え?
「うちマジックテープの音苦手やねん!」
 新しい情報を出してくる質問の子。なにゆうてんの。なんで突然いやな音シリーズで話をし始めたの。
 その理由を解明したのは聡明なチョコちゃん。「これか?」と言いながらスノボウェアの袖を留めるマジックテープをべりべりと剥がした。
「やめてーや、いややねん!」
 これかー! スノボ繋がりでいややってゆうてたのか!
 ただ、さっきもあんもあんを言いまくった二人。この状況でかかるのが拍車。
「えーなんでこれがいやなん(べりべり)」
「こんなの日常茶飯事やん(べりべり)」
「やめっ・・ああ」
 これはもう、質問の子が悪いね。そういう二人なんだもん。
 今朝ホテルで着替えるときもほんとはいやだったのかなあと僕が思ってる間にもべりべりは続いた。
「ほれほれー(べりべりー)」
「べりべりー(べりべりー)」
「ほんまたち悪いやん苦手やゆうてるのに!!」
「あはははは!」
 つい声に出して笑ってしまう。というかもう我慢しなくていいやと思った。
「変ですよねえ!」身を乗り出して聞いてくるチョコちゃん。
「マジックテープ苦手なんですか?」
「そうなんです」
「これがー?(べりべりー?)」これは俺じゃない。
「やめてって!」
「あはははは!」これは俺。
「黒板ひっかく音とかのほうがいややん」真ん中の子。
「いやうちからしたら同じレベルでいややねん」質問の子。
「えーかわいいもんやんかー!(べりべりー!)」チョコちゃん。
「ほん・・やめてって!」
 絶叫と笑い声とべりべりが反響しまくる。こういう奔放な会話はいつまでも聞いてられる。


 べりべりがやっと落ち着いても、リフトはまだ山頂を見せてくれなかった。
「え! 見て! これもうほとんど木ぃやん! 木ぃばっかりやん! やばない?」
 真ん中の子が言う。確かに木ぃばっか。こんなとこ滑るなんてやばないだよ。
 すると一番右のチョコちゃんがまたひょこっと身を乗り出してこっちを見た。「おにいさんは上手なんですかー?」
「いや俺はそんなです。3人は上手なんですか?」
「いや全然ですよー! これってやばくないですか?」
「ねー、木ばっかですよね! あでも、コース2つあるらしくて、ナチュラルってほうは初心者用って書いてありましたよ」
「あそうなんですか! そしたらうちら絶対ナチュラルやな!」
 この、そしたらうちら絶対ナチュラルやな!って言葉、最高だと思ってる。


 突然のように山頂を見せリフトは到着。続いて来る友達を待って「すごく楽しかったんだけど」と報告すると、友達は「こっちはおっさん3人がずっとグチを言ってた」とグチを言った。
 雪面に座ってボードの準備をし始めると、先に準備を終えた3人が話しかけてきてくれた。「おにいさんありがとー!」
「いや、俺も楽しかったです。チョコの匂いもおいしそうだったし」
 僕がそう言うと、「バレてたかー! 今度あったらあげますね」とチョコちゃんが言って、手を振ってナチュラルコースへと向かっていった。
 友達とそのあと滑ったナチュラルコースは、平坦すぎて何度も足で漕がなきゃいけない大っ変なコースだった。みんな困っただろうな。





by yasuharakenta | 2018-12-31 23:09 | エッセイ


【1:変なクラス】


 「うちらマジ変なクラス!」という表現がある。
 これは中高生がよく使う言い方で、楽しくて最高!というのを「変」という言葉で表しているんだと思う。僕自身も高校生のころよく耳にしたし、口にもした。


 でも、どうしてわざわざこういう言い方をするんだろう。
 楽しかったなら「私はすっごく楽しかった!」と自分だけを主語にしても別に問題ないはず。それをわざわざ「変なクラス」と言うのは、クラスという単位で囲うこと自体に意味があるということだ。
 クラスという単位を意識することで、他の人たちにはわからない、自分たちだけが知ってる、ということを強く感じれるんだと思う。「この感じ、うちらにしか分からないよね」というときに楽しさは増幅されるから。
 だから「変なクラス」は、特に体育祭、文化祭、年度末の時期といった、クラスの単位を意識する時期に多発する。他とは違うという感じが出したいのだと思うと、最高という言葉を使わずに変という言葉を使うのも納得できる。


 ただ、多発するということは、本当は変じゃないということだ。
 ここで言う変とは、高校生なのにこんなに盛り上がってるとか、高校生なのに勉強そっちのけすぎるとか、ただのクラスなのに仲が良すぎるということなんだけど、このときに基準にされているはずの「高校生だから行事に興味がなく勉強をしっかりするクラス」のほうが本当は変だ。
 でもとにかく他とは違うと感じたい。ありえないことが起こってるんだと興奮したい。それが「変なクラス」という言葉に集約されているんだと思う。
 僕も高1のときのクラスは、進学校にも関わらず「このクラスは本当に・・」と先生たちがぼやくようなクラスだった。なのにそれをむしろ誇らしく思っていたところがある。クラス替えが近づくと「もうこんな変なクラスにはなれないじゃん」と僕も言った。


 囲う言葉は他にもある。
「いつめん(いつものメンバー)」や「にこいち(ふたりでひとつ)」もそうだし、「最高の4人!」みたいな言葉もそう。
 たまたまパスタを食べに行っただけの5人組を「パスタ会」と名付けたり、よく一緒にいる6人組がみんな名前がNの字から始まると分かれば「N6」と名付けたりするのもそう。グループに名前を付けるのはなぜか女子に多いけど、「地元」や「仲間」といった囲う言葉はなぜか男性をイメージさせる。
 会社や部活、それからアイドルは「同期」や「◯期生」という言葉を多用する。「今日同期で飲みに行くから」や「3期生全員で売れようね!」という言葉からは、単なる区別を超えた「自分たち」という意識がにじみ出ている気もする。
 

 この囲う作業に不可欠なのが、強固な境界だ。ゆるい境界ではだめ。内側と外側をはっきりと分けないといけない。
 だって「自分たちだけ」が楽しいんだから、そのメンバーが入れ替わっていいはずがない。いつめんはいつものメンバーだからいつめんだ。
 たまたまパスタを食べに行っただけの、その後特にパスタを食べに行きもしないパスタ会も「来週パスタのみんなでディズニー行こうよ」というときに他の人を呼んだりしないし、他の人がいるならパスタ会とは呼ばない。地元の集まりなのに「今日は隣の県から8人が来てくれてまーす」はありえない。
 つまり、「囲う」の裏側に存在するのは「排他的」という考えだ。


 排他的(はいたてき:他を排除すること)と表現すると、ただ楽しいだけだったはずのグループづくりが突然強烈な意味合いを持ってしまうかもしれない。だけど、境界を強固にする、メンバーを固定するということはそういうことだ。
 実際、今日遊ぼと誘ったら「ごめん今日パスタのみんなと会うんだ。また今度絶対ね!」のように断られた人もいると思う。別に怒ることではないけど、でもときどき腑に落ちないこともある。
 どうしてかというと、囲うという作業は、囲み終えた時点で「無条件に」他者を排除するから。たまたまパスタを食べに行っただけなのに、たまたま同じクラスになっただけなのに、たまたま同じ地元に生まれただけなのに。たったそれだけの理由で無条件の排除が始まってしまう。


 これは情報に関しても同じことがいえる。
 たとえば「足でリズムを取るのはリズム感のない人だ」というのを聞いたことがあるとする。そうすると、そのあと足でリズムを取る人を見るたびに「うわっ」と思う。プロが「足でリズムを取るといいですよ」とアドバイスをしているのを聞いたらその瞬間に信頼できなくなる。「足でリズムを取るのはリズム感がない人」という情報にまったく根拠がないにも関わらず。
 そうやって、友達だか家族だかから、たまたま最初に入ってきただけの情報を重要視しすぎる傾向が僕らにはある。そのせいで後からきた情報を無条件に排除してしまう。
 朝は常温の水を飲むのがいいと言われていたのに、テレビで「朝は氷水がいいんですよ」と紹介されていたらこの嘘つき番組と思ってしまうし、あのミュージシャンはパクリだらけだと聞いてしまうと、その後どれだけヒット曲が出てもなかなか没頭できなくなる。
 人だろうが情報だろうが、内側にいれれば、外側ができてしまう。その外側がどれだけ素晴らしくても、考える余地もなく無条件で排除、ということ。いるものは拒まず、来るものは拒む。


 囲う理由には、「自分たちだけって楽しいから」ということ以外にも、もしかしたら「安心できるから」というのがあるのかもしれない。
 たしかに、何者でもないよりは、いつめんがいて、パスタ会があって、同期がいてくれるほうがホッとする。
 だけどそれは、逆に言えば、「囲われていないと不安だ」ということになる。どこかに所属していないということは外側の、排除される側ということだから。
 つまり、どこにも所属していないというのは、実は「何者でもない」状態ではないということだ。どこにも所属していなければ、その人は「よそ者」になってしまう。
 安心の裏に不安がある。囲うということはやっぱり排他的だということだ。


 囲うのは排他的だと繰り返していると、囲うのはだめだというのが主張だと思われるかもしれないけど、それはちがう。
 だって囲うって、ただグループを作るっていうだけだもん。みんなしてることだし、僕もしてる。これ自体はなくせない。
 それに、もしなくそうとしたってなくせないと思う。なぜなら、囲うのは「楽しいから」だから。楽しいことには理由なく抵抗する人たちがたくさんいる。ゲームやスマートフォンの利用時間を制限してもなかなか守れないのと一緒。
 

 書きたいのは、囲うって楽しいよねということだ。
 それから、囲うってもはや排他的と同義だよねということ。
 つまり囲うのが楽しいということは、排他的って楽しいねということ。
 囲うのはみんな楽しいと思ってるんだから、排他的もみんな楽しいと思ってるよねということ。


 別に囲うのはいいし、楽しいのもいい。
 でも、排他的って楽しいねという気持ちがみんなにある、ということには自覚的になっていたほうがいいと思う。
 だってこれはいじめと同じ発想だから。


 いじめは、外側と内側を分ける行為だとも考えられる。
 いじめる側は必ず「うちら」と「あいつ」とを明確に分ける。いじめる人といじめられる人が、日替わりで流動的に入れ替わるなんてありえない。
 いじめにも強固な境界がある。その仕組みは、今の囲う話と「度がちがうだけで」まったく同じだ。生物学的には大きさの差しかないというクジラとイルカのように、違うっちゃ違うけど、同じっちゃ同じ話。


 なんであんなひどいことができるんだろうと、いじめのニュースを見て思う。でもそうじゃないかもしれない。ひどいことをしようとしたわけじゃなくて、ただ楽しいから始めただけなのかもしれない。
 排他的って楽しいね。そのスイッチは、なんとみんなが持っている。


 いじめってなんで起こるんだろうとか、どうしたらなくせるんだろうと、ほとんどみんな考えたことがあると思う。だけど、そうやってまるで外側から眺めるみたいに考えていてもだめなのかもしれない。
 排他的って楽しいねと思うスイッチは、みんなが持ってる。見た目も能力もさほど変わらないのになぜかいじめられるのと、ただ境界の外になっただけでパスタ会に断られるのとは、構造としては変わらない。パスタ会に行けなかった人も、タイミングによってはめちゃくちゃ傷つくこともある。


 仕組みは同じ。度がちがうだけ。でも、その度はどうやって調整する?
 楽しいときにブレーキをかけようなんてまず思えない。エスカレートしてしまう可能性だって十分にある。
 ただ楽しくて囲うだけのグループが、度を超えるといじめになるだけ。スタートは同じ。だから、もしかしたら自分だって加害者になるかもしれないと考えないといじめはなくせないかもしれない。いじめっ子は、いじめっ子として生まれてくるわけじゃない。


 囲うのが楽しいのはそりゃそうだし全然いいけど、その結果暴力が起こったり、いじめが起こったり、理不尽な思いをする人が出てくるのはいけない。
 でも仕組みが同じ以上、いつだってそっち側に転んでしまう可能性がある。そのことに相当自覚的じゃないと、ただ楽しかっただけの集まりが、気づけばとんでもないことになるかもしれない。


−−−−−−


【2:風通し】


 私立高校の1年生に聞いた話。
 学校で初めて泊まりの移動教室に行ったとき、生活指導の先生から挨拶の大切さについて1時間近く話があったらしい。その時点でうええって感じだけど、それだけじゃなく、その先生は自分からは決して挨拶をしないことで有名で、しかも挨拶をされても返さないことでも有名だった。
 そのうえ、生徒たちがスマートフォンを没収されている状態で(その校則の是非は置いておく)、その先生は食堂での食事中に自分のスマホをテーブルに置いて、「いけ」だの「うわぁ」だのと大声で野球観戦をしていたらしい。


 正しいか正しくないかを「考え終えた人」は大声になりがちだ。正しいものは正しいし、正しくないものはもうどうやっても正しくないから。
 これはどっちかな、状況はどうだったかなと考えるのは面倒だし時間もかかる。でも「これは正しい」「だからそれは正しくない」と決めてしまえば楽だし、絶対正しいんだから迷うことなく厳しくできる。疑わないと大声になる。拡声器で主張する人もそう。
 世の中に正解があるとするなら、意見のあちら側とこちら側を行き来して、どっちがいいんだろうと「探る姿勢」自体が唯一正しいのだと思う。面倒くさいし時間のかかることだ。でもそのかわり、誰かを大声で非難したりはしない。だって今も考え中だから。本当にすごい人は、声を荒らげない。
 でももう考え終えた人は、絶対に正しいものを強制すればいいだけ。だから当然大声になる。


 こういうことは、風通しの悪い空間で起こりやすい。
 風通しっていうのは、部屋の窓を開けて空気を通してあげること。風通しが悪いというのは、第三者の行き来が少ない、内側と外側に強固な境界がある状態のこと。
 あの生活指導の先生は、私立高ということもあって勤続25年らしい。長くても10年程度の市立校ではあそこまではならないかもしれない。
 挨拶について1時間話しておきながら自分は挨拶をしない。スマートフォンを没収されている何十人もの前で平気でスマホを使える。アホな先生だとは思う。けどこれがこの人の元々備わった性質というわけでもない。
 だって、この先生も他の高校に転勤になればそんな態度を取れるわけがないから。1年目でこんなにえらそうにできるわけがない。ということは、「この空間だから」生じている性質だということ。
 他で取れるはずのない態度を取っている、という時点でアウトなはずなのに、風通しの悪い空間ではなぜかそれが許されて(というより判断機能が失われて)、こんなふうにエスカレートしていくことがある。一族経営の会社や、伝統的に続くものにトラブルが多いのもこういうことだと思う。




 友達には同期の気になる男性がいる。USJに行くと伝えると、彼は当日「ユニバどう?」と連絡をしてきてくれた。
 テンションのあがっていた友達は、ババババッと4件のLINEを送った。すると彼から返事がきて「ふざけんな」と書いてあったらしい。
 数週間後、また普通に連絡をしてきたので、「なんか言うことないの?」と送ると、「あのときはMステですげえいい曲だったから」と言われたという話を聞いた。


 えええええと反応していると、「あれ、そういうリアクション?」と友達が言った。友達としては、原因がわかって納得してしまったようだった。
 それでも「こういう言い方されたら嫌じゃない?」と聞いたらしい。彼は「俺は嫌じゃないから今後もそうする」と返した。これも納得しちゃったと。
 彼は謝らない人だというのを聞いていたので少し覚悟はしていたけど、それでもうーんと首をひねって「やっぱりひどい気がするけどね。自分から連絡してきたんだし」と言った。すると友達は「たしかに」と言ったあとで、「でもね、前に『なんでそういう言い方するの』って聞いたら、『いやこういう言い方お前にしかしないから』って言われたの」と、プラスの情報のように続けたのでゾクッとした。
 とっさに、「DVになっちゃいそう・・」と言ってしまった。


 DVは、締め切ったカーテンの内側の、風通しの悪い空間で行われるものだ。カーテンも壁もないところでおそらくDVは起こらない。「お前にしかしない」というのはうれしい言葉じゃなくて、閉鎖的な空間をつくる言葉だと思う。
 さっきの私立高の先生の話をゆっくりして、風通しの悪いところでは何かがエスカレートしやすいからちょっと怖いと伝えた。
 友達は丁寧に話を聞いてくれたあとで、こう言った。「でもね、彼はすごく家族思いなの。次に好きになる人は絶対家族思いな人がいいと思ってたから」
 正直、うわっと思った。家族思いには、家族以外にも優しい人もいれば、家族だけ思いな人もいる。
 家族だけ、仲間だけが良ければいいやと思ってしまうと当然境界は強固になる。内側と外側がはっきりと区別される。そうなると、たとえば店員さんに冷たい態度を取れたり、コンビニの入口付近で溜まって迷惑をかけれたり、ゴミをポイ捨てできたりする。だってそこは内側じゃないから、どうでもいいから。
 しかも内側の人にさえひどい言い方するなんて。暴言や暴力は愛情のしるしにはならないのに。「家族だけじゃなくてみんなにやさしいのが一番よくない?」と言うと、「ほんとだ」と友達は言った。




 風通しが悪いのは、囲って排他的になったせいだ。
 ああいう私立高の先生もDVも(こちらは予感でしかないし外れるといいけど)、風通しが悪いの悪い環境でエスカレートしていくもの。いじめもそうだと思う。
 他者の目があるところでは起こりえないことが平気で起こるのが境界線の内側。内側では独自のルールが生まれやすい(このルールがおもしろかったりもする。友達同士でしか分からない暗号を作ったり)。ただ、その内側で突然変異のように生じた問題は、外側に見えるようになる頃にはすでに手遅れになっていることも多い。その例は、ニュースを見ていればいくらでもでてくる。
 問題には様々な要因がある。それにいろんな人がいる。でも共通した原因に「強い境界線で囲ってしまうこと」があるというのはやっぱり意識しておきたい。囲うのはみんな好きなんだから。起こす側なのか巻き込まれる側なのかはわからないけど、みんながそのトラブルにあう可能性がある。
 風通しを悪くするとそうしたよどみが生じやすいのに、それでも囲ってしまうのはやっぱり楽しいからなんだと思う。楽しいがゆえにわざと風通しを悪くしてしまうんだから。


 いじめや暴力のようなトラブルとまではいかなくても、風通しの悪い空間ではそこだけの慣習的なものが発達しやすい。
 たとえば僕も所属していた吹奏楽部では、実力のある学校ほど勢いのありすぎる起立と返事をする(冷静に考えれば、プロはそんなことしていない)。他にも、合唱部の口の開け方、街の似顔絵師のイラスト、クラシックCDのジャケット、洋服屋の販売員の接客、選挙の街頭演説、就活のスーツ。
 こういう空間は、せっかく新しく入ってきてくれた人にも「こういうものだから」と教えてしまうせいで、すぐ内側の人間にしてしまう。
 それに、外側から来た人にだって早く安心したいという気持ちもある。本当はお気に入りのスーツが着たくても、周りを見て、就活はああいう色のほうがいいんだなと合わせる。
 同調圧力は内側の人だけが持っている力じゃない。みんなが「囲う」世界のやりかたを選んでしまう。
 もちろん、名産品や独自の祭りなんかの、結果として地元のブランドになるみたいなことはある。けれど悪習もやっぱり多いし、辟易としながら合わせている人もたくさんいるんだと思う。
 最近の例だと、LINEのスタンプのフォント(文字の字体のこと)や、YouTuberの動画の作り方もかなり似通ってる。こんなに新しいものでさえ、周りを見て文脈に左右されて、結果として囲いができてしまう。


 そういうものだからというのが僕はめちゃくちゃ苦手で、普段あまり怒らないけど、そういうものだからを目の前にすると一番感情的になる。
 でも人を傷つけたりしないならまだいい。それがいじめや暴力(当然言葉によるものや無視も含む)に変わってしまうのはいけない。
 ただ、何度も書くけど、囲うという点では全部作られ方が共通しているから、いじめや暴力だけを取り除くことはできない。加害者があらかじめ分かればその人を取り除けばいいのかもしれないけど、残念ながら加害者候補は全員だ。みんな囲う。度がちがうだけ。
 あの生活指導の先生をやめさせても、何も解決しない。




 さかなクンの有名なエッセイがある。
 中学で吹奏楽部に入っていたさかなクンは(水槽関係の部活だと思って入ったらしい)、突然同級生や先輩が無視をされるという事態にでくわして、わけがわからなくなった。だけど大好きな魚にも似たようなことがあると気付く。引用します。


「たとえばメジナは海の中で仲良く群れて泳いでいます。せまい水槽に一緒に入れたら、1匹を仲間はずれにして攻撃し始めたのです。けがしてかわいそうで、そのさかなを別の水槽に入れました。すると残ったメジナは別の1匹をいじめ始めました。助け出しても、また次のいじめられっ子が出てきます。いじめっ子を水槽から出しても新たないじめっ子があらわれます。
 広い海の中ならこんなことはないのに、小さな世界に閉じこめると、なぜかいじめが始まるのです。同じ場所にすみ、同じエサを食べる、同じ種類同士です」


 このエッセイで「囲う」ということばかり書いてたら思い出した文章だった。
 囲った内側の世界。せまい水槽の中。生き物はちがうけど、よく似てる。




 また、最近読んだ文章で目から鱗なものがあった。
 社会学者の内藤朝雄さんのインタビューで、いじめの1つの解決策として以下のようなことが書いてあった。引用します。


「『短期的な解決策』として『学級制度の廃止』『学校への法の導入』をセットで実行することが有効だと思います。
 クラスを廃止し、大学のように授業を単位制・選択制にすることで、人との距離感が取りやすくなります。生徒は授業ごとに教室を移動し、思い思いの席につく。食事も教室や庭、カフェテリアなど好きな場所で好きな相手と食べる。だれかが無視したり、悪口をいってもクラスという閉鎖空間がないので、いじめそのものが力を失います。大学でいじめが激減するのは、そのためです」


 うわあああああと思った。衝撃的だった。ほんとだ。大学にはいじめがない。
 変という言葉をつけなくても、クラスという単位そのものがすでに囲われた風通しの悪い、閉鎖的な、排他的な、よどみを生みやすい空間だったんだ。
 そのせいでいじめが起きるんなら、たしかにクラス制度を撤廃しちゃえばいい。
 僕自身、クラスというものにはいくつも思い出がある。なくすと言われれば、もう通ってないくせに、寂しい気持ちがないわけでもない。でもこういう腐った郷愁感がいくつもの改革を潰してきたんだと思う。
 即刻撤廃すべきだと思う。
 強い境界がなければ、外側で悲しい思いをする人もいなくなる。デメリットがあるのは、内側でぬくぬくしてきた人だけだ。


−−−−−−


【3:潔癖】


 潔癖という言葉は、極端なきれい好きのことだけじゃなく、「こうじゃなきゃいけない」と強く思いすぎてしまうことを指すこともある。
 小さな例でいえば、塾講師をしていたときに見てきた「ノートをきれいに書きたすぎる」生徒もそう。きれいに線を引くこと、いろんな色を使うこと、計算メモは消すことを目的としてしまうその生徒たちは、だいたい勉強が苦手だった。
 潔癖は、理想の自分以外を許せない。完璧主義と言い換えてもいいと思う。「この大学に行かないと」とか、「この仕事に就かないと」とかを強く思いすぎてしまう。努力できる範囲ならいいけど、理想の自分が先走ってしまうことも多い。すると、こうじゃなきゃいけないは、その裏にある「そうじゃないならしたくない」を強めてしまう。
「この大学に行けないなら受験をしない」「この仕事に就けないなら就活をしない」理想の自分になれそうにないことを察知すると、失敗する前に挑戦をやめる。挑戦しないでいれば、理想とは違うだめな自分を見ることなく、完璧なままの自分でいられるから。
 だからこの潔癖、完璧主義には、意外と努力を嫌うタイプが多い。理想だけが独立してあって、そうだったらいいのにの世界だ。でも当然努力とは無関係なこともある。
 引きこもりは、教室で仲良くしなきゃとか、ちゃんと勉強できるようにならなきゃと思いすぎてしまうせいでなることがある。真面目な人ほど理想の自分と比べすぎる。
 さっきのノートをきれいに書きたすぎる生徒は、別に頑張ってないわけじゃない。本人としても自分は頑張ってるという自負があるはずで、だけどふと成績が全然伸びないことに気づくと、突然勉強が嫌いになってしまうこともある。




 熊谷晋一郎さんという大学教授の、大好きな話がある。自立と依存の話だ。
 自立と依存は逆の言葉のような気がするけど、実はそうじゃないと熊谷さんは言う。どういうことだと思う?
 たとえば大学の5階で地震があったとする。避難する手段はエレベーター、階段。他にははしごやロープを使うこともできる。でも、熊谷さんは脳性マヒのために車椅子で生活をしてる。避難する手段はエレベーターしかない。もしエレベーターが止まってしまえば、絶体絶命になる。
 この「エレベーターに強く依存している状態」と比べると、健常者は「エレベーター、階段、はしご、ロープのそれぞれに弱く依存している状態」だと言える。そうやって複数に依存している状態が「自立」だと熊谷さんは言った。ひとつに依存している状態だとそれを失ったときに大ダメージを受ける。でもいくつもに依存していれば、依存していることさえ忘れるぐらい依存状態に無自覚でいられる。実際どれかひとつを失っても、なんとかなる。


 この話はさまざまに応用が利いた。
 電車が止まったときのことを考えればまずはひとつ、思い付くはず。
 他には、たとえば友達。友達がひとりしかいないと、その大事な友達に突然冷たくされたら絶体絶命になる。どうしたのとごめんねの連絡を繰り返しながら、強い孤独感で頭の中がいっぱいになる。でももし友達が100人いれば、友達は多ければいいってものでもないけど、それでもさっきのパターンよりはピンチじゃなくなる。そういうときもあるかなと、むしろ待ってあげられるかもしれない。
 他にもある。僕はメニューの多すぎるご飯屋のことをずっと無計画のせいだと思ってた。僕がお店を出すなら一品にこだわってとことん美味しくする。そうすればコストだって抑えられる。そう思ってた。だけどそのメニューの食材が不作だったり高騰だったりでいつもどおり確保できなくなれば、簡単に経営は困難になる。メニューがいくつかあれば、当然やり過ごせる可能性も高くなる。
 これは実験したわけじゃないけど、もしかしたらトラウマも別の思い出を重ねればなくせるのかもしれない。元カノのことばかり思い出してしまう花火大会にも、別の人とあと20回は行けばもう泣かずに済むかもしれない。


 依存しているのがひとつだけだと、それを失ったときに絶体絶命になる。でもいくつもに依存していれば、どれかひとつを失っても大丈夫になる。
 熊谷さんは、大学に入るタイミングで一人暮らしを始めたらしい。親にだけ依存している状態をとても不安に思ったからだそうだ。ときどき母親みたく世話をしてくれる人が現れると警戒するとも言った。その人がいないと生きていけなくなってしまうから。




 茂木健一郎さんの話にも大好きな話がある。
 小さな頃から蝶が大好きだった茂木さんは、小学校に入ると「蝶オタク」だと言われるようになった。そこで茂木さんは蝶の学会に入ってみることにした。
 蝶の学会では、誰も自分のことを笑わなかった。それどころか、自分よりも立派なはずの大人は自分よりも蝶オタク。そのことにすごく安心したという話。




 つまり、コミュニティを増やすのがいいんだと思う。
 友達にも家族にも言えないことはある。家と学校、家と会社だけでは少なくて、嫌なことがあったら逃げれるおばあちゃんちみたいなところが、本当はあるといい。
 バイトをしたり、習い事をしたり、ネットで気の合う人を見つけたり、本を読んだり、物語やドキュメンタリーを見たりして、コミュニティを増やすのがいいんだと思う。
 そしてコミュニティが増えると、気づくのはなぜか自分のことだったりする。


 家族でいるときの自分と学校にいるときの自分はちがう。家ではママと言ってても、学校ではお母上と言ってるかもしれない(ちがうか)。
 コミュニティが増えると、そのコミュニティごとの自分が出てくる。塾にいるときの自分と、美容院にいるときの自分と、行きつけのお店にいるときの自分はちがう。そうしていろんな自分に会うと、こうじゃなきゃいけないではいられなくなる。完璧主義ではいられなくなる。だって自分でさえ複数いるんだから。
 それに当然、いろんな人と出会えば、いろんな人がいるんだなと思えるようになる。「この大学に行かないと」と思ってたけど、バイト先の尊敬できる先輩は大学すら行ってないかもしれない。いつも眠そうに働いて嫌いだったコンビニ店員も、何か事情があるのかもなと思えるようになるかもしれない。
 僕は、20才ごろのつらい時期に、たまたま遠くに住む人と友達になれたのはとても大きかった。ここじゃないどこかに自分を知ってくれてる人がいるというのは、今の想像力でも足りないほど安心させてくれた。


 家にしかコミュニティがないと、何かあったときに家族へのイライラでいっぱいになる。しかも抜け出す方法がない。イライラしている人の話し合いは意見の暴力になるだけ。
 でもいろいろなコミュニティがあれば、ある人にだけは「聞いてようちの家族さ」とプライベートな話ができるかもしれない。
 あのパスタ会も、この子があの子を嫌い始めて突然不穏な空気が流れ始めるかもしれない。もしパスタ会しか友達がいないとつらいけど、他にもコミュニティがあれば「大変だったよこの間さ」程度の話で済むかもしれない。




 潔癖でいてしまう人は、失敗を恐れて動けなくなるだけじゃなく、なぜか他者への攻撃性を増してしまうことがある。
 第一志望だけ受験して落ちても、自分は「行かなかった」と言える。そんな中、すべりどめの大学に進学したやつらに「そんな3流大学通って何になるの?」と言えてしまう。自分は(失敗してないのでまだ)完璧だからとことん強く言える。疑わないと大声になる。
 ネット上では、顔が見えないから(自分の弱さがバレることもないから)余計に攻撃性を強めてしまう。


 頭の中も、ひとつの場所に居続けると風通しが悪くなる。風通しが悪くなると何かがエスカレートすることがある。コミュニティを増やして経験を増やさないと、頭の中の風通しは良くならない。
 そういう、風通しの悪い、コミュニティの少ない人が使ってしまいがちな言葉に「普通」がある。おそろしい言葉だ。この普通という言葉は非常に強い口調で使われることが多い。それはただの内側の常識というだけなのに。「普通こうだろ」は、見てきたコミュニティの少ない、知ってる普通の数が少ない人が使う言い方だ。
 さらに怖いのは、この「普通」が感覚的で理由がないというところ。理由がないから話し合いはうまくいかない。どれだけ言葉をつくしても、普通こうだろ、ありえないだろという強い口調ではじかれる。
 自分にもそういう経験がある。小5のときに担任になった先生が初めて生徒を呼び捨てにする先生で、相当な抵抗感があった。「呼び捨てにするなんて先生じゃないよ!」と友達んちでそのお母さんにまで言った。呼び捨てにする先生のほうが多いと気づくのは中学に入ってからだった。




 いろんなコミュニティに所属して、いろんな自分がいること、いろんな人がいることを知れば口調は勝手に柔らかくなる。いろいろいるんだな、みんな不完全なんだなと思えれば、強い刃で他者を攻撃したりはしない。疑わないと大声になる。疑わないと楽だ。いろいろ考えるのは大変だしそのたび困惑する。
 でも本当は、強い口調で誰か(と自分)を叱咤しているより、こっちのほうがずっと楽なんじゃないかと思う。
 大声で主張する立派な人は、立派に見せたい人。一生懸命考えてきた人ほど、本当に立派な人ほど、やさしい口調になる。


 NHK「プロフェッショナル」で、ヴァイオリニストの五嶋みどりさんを取材した回があった。五嶋さんは障がいのある子供たちと演奏会を開くことになり、その最初の練習にカメラが密着していた。
 子供の障がいには差があって、既存の曲ではパート分けができないため、その学校の先生がオリジナルで曲を書いたということだった。五嶋さんが学校に着くとまずその演奏を聞いてもらいましょうということになった。
 その演奏が、おせじにもうまいと言えるものではなかった。リズムはバラバラ、メロディもテンポも分からない。ドンドン、バンバンと無心で叩かれているような打楽器の音が体育館に響く。生徒たちの真ん中で、作曲をした先生が指示を出しながらあたふたして「どうしよう」と漏らしていた。オリジナル曲なんて作るから、と正直僕は思った。
 そこで、五嶋さんの表情がアップになる。黙ってその様子を見ていた。「これはさすがに」とか、「ちょっとまずいですね」とかを言うのだと思った。少なくとも僕はそう思った。
 そしてとうとう五嶋さんが言ったのは次の言葉だった。「素直な音が、私には聞こえます。一生懸命している、という音です」
 その言葉にぼろぼろ泣いてしまった。五嶋さんは10代のころから活躍してきた人だから下手な演奏なんて許せないと勘違いした。本物って、一流ってこういうことなんだと思った。


−−−−−−


【4:境界に穴を開ける】


 テレビ東京に「青春高校3年C組」という番組がある。理想の教室を作るというのがコンセプトの、20才までを対象としたオーディション番組だ。
 毎週オーディションをくり返して、合格者が20人ほどになったころ、インタビューで副担任役のNGT48中井りかさんがこんなことを言った。


「いろんな生徒がいるんだけど、もうこの時点でできあがっちゃってるなーとも感じていて。新しい子が入ってきたときに『なじめるかな』ってちょっと不安になっちゃうかもしれないから、ここだけで盛り上がって完結しないで、もっとオープンな雰囲気になっていけばいいなと私は思ってます」


 風通しを良くする、めちゃくちゃいい言葉だ。
 副担任としての立場を意識してたとしても、楽しくなってく場を警戒するのはとても難しい気がする。


 さかなクンは、さっきのエッセイをこう締めくくっている。


「小さなカゴの中でだれかをいじめたり、悩んでいたりしても楽しい思い出は残りません。外には楽しいことがたくさんあるのにもったいないですよ。広い空の下、広い海へ出てみましょう」


 今がつらい人は、それは囲われたひとつのコミュニティにいるからかもしれない。コミュニティを増やすのがいいよ。
 今が楽しい人。その楽しさは排他的な構造から来てる可能性があるから、よーく注意して。
 別に自分たちが楽しければいいよと思っていたとしたら、それ自体が排他的な証拠。
 排他的とは、自分が自分ち以外を全部ゴミだらけにするということと、他人が自分ちをゴミだらけにするということ。そういうことだと思う。



あとがき

 バラバラに考えてきたことが繋がって、多構造的なエッセイになりました。
 繋がっていくのが、伏線回収する小説のようで興奮しました。
 そんな気持ちで読んでもらえてたらうれしいです。



参考資料
(いじめられている君へ)さかなクン「広い海へ出てみよう」
「学校のあたりまえを疑え!」 社会学者 内藤朝雄さん
熊谷晋一郎(主に出演されていたNHKオイコノミアでの話を参考にさせていただきました)
茂木健一郎(記憶にあったのは別の記事ですがだいたい同じ内容です)
プロフェッショナル仕事の流儀 五嶋みどり
青春高校3年C組 座談会




by yasuharakenta | 2018-12-18 00:04 | エッセイ


 文化系とか草食系に分類されてしまいそうな見た目を自分はしているらしいが、それは表面的な話。でも別に、もっと中身を見てほしいと思ってるわけじゃない。見た目は他にもあるよということ。つまりすね毛が濃い。
 そんなすね毛を今までに3回剃ったことがある。


 まずは小6の頃。なぜか周りの男子の間ですね毛を剃るのが流行りだした。理由は分からないけどそうしたほうがいいんだろうと、風呂場で父親のひげ剃りを手にしてみた。
 たまに母親が顔剃りをしてくれるときは、いつも「動かないで!」と強い口調で言いながらシェービングクリームを塗っていたので、毛を剃るには①動かないこと②クリームを塗ることが絶対条件だと思ってた。
 だからクリームをつけなければ剃れないだろうと試しに当ててみただけだった。でも少し動かしただけでスーッと普通に剃れた。楽しくなって膝まで全部剃った。
 剃ったことを周りの男子に気づかれて「お前何勝手に剃ってんだよ!」と言われるのもめんどくさかったが、特に何も言われなかった。


 そんなことより、少し経つとすね毛が濃くなって生えてきた気がする。だから焦ってもう一度剃った。そしたらまた濃くなった。今思えば、元々はそんなに濃くなかったのに。
 俗説の「思春期に体毛を剃ると濃くなる」は、結局真偽がどっちなんだろう。それは間違いだという説は、成長期なんだから剃らなくたって濃くなっていたはずということらしい。でも顔のヒゲだって一度も剃らなければここまで濃くなってなかった気もする(そのかわりめちゃくちゃ長くなってる気もする)。毛の細いところを切ると、根本付近の太いところが先端にくるわけだから、やっぱり濃くなる気もする。
 ただそんな考察ができるわけもなく、できたとしても濃くなったのには変わりがなく、2度の過ちについてこう考えていた。
「クリームを塗らなかったのがいけないんだ・・・」


 大学1年生が終わって春休み、この頃は何だかいつもしんどくて、その日は初めて漫画喫茶の深夜パックで朝まで入り浸ってみることにした。
 でも別に楽しくはなかった。貧乏性なのか、漫画も急いで読んでしまって結局頭に入らない。明け方近くなっても明るさの変わらない部屋で突然、すね毛を剃ってしまいたくなった。冬だし長ズボンだし、と思ったらその衝動はよりいっそう強くなった。
 家に帰ると風呂場に直行して、今度は自分のひげ剃りで、ちゃんとクリームもつけた。なのに剃ることができない。剃ろうと思うとガッと刃が止まる。それは、小6の頃よりも伸びたすね毛が刃に絡まるせいだった。
 なるほど、稲刈りみたいな作業が必要なのねと、洗面所から電気シェーバーを持ってきて、トリマー機能で刈りまくった。刈り終えると風呂場の床が毛だらけになったので、水で流す前に新聞紙を持ってきて包んで捨てた。そのあとでようやく、ちくちくになった足をひげ剃りでつるつるにした。
 その1年後ぐらいに、本谷有希子さんの「生きてるだけで、愛」を読んでいたら全身の毛を剃ってしまう女性がでてきた。頭の毛も眉毛も。たしかその本の中で、剃毛も自傷行為の一種だと書いてあって妙に納得がいったのを覚えてる。あの頃は、何かといつもしんどかったから。


 そして今年。2018年。
 足をきれいにしたいというよりは、毛を剃ってしまいたいという衝動に近かった大学生のときとは違い、足をきれいにしてみたくなった。無秩序に生えるすね毛を見るのはもういや! ということで、もう5月ですでにくるぶしの見えるタイプのズボンを履いていたのにも関わらず、どうせ誰も見てないやと決行することにした。
 手順は把握済み。まずは風呂場じゃなくて、部屋にチラシを敷いてその上で稲刈りを実行した。今回は思い切って膝を超えて、足の付け根まで剃ってみることにした(思い切ってとは)。荒れ地だった大地の地肌がだんだんと見えてくる。電気シェーバーの充電がちょうどなくなったときに足2本分をすべて刈り終えた。
 刈ったばかりの稲を全捨てして、風呂場に移動して、右のすねにシェービングジェルを塗りたくった。そして、目につくところから闇雲に剃っていたのだけど、それでは効率が悪いらしいぞと気付く。どこを剃ったか分からなくなれば、重複して剃ったり、逆に剃り残しを起こす危険性があった。
 ということで左のすねは一列ずつ剃ることにした。これはほんとトラクターと同じ。ランダムに走るトラクターをイメージしたらアホすぎて苦笑いした。ちなみに、毛の濃さと多さのせいか、一列一気に行きたくても途中で進みにくくなるので、途中からすねを2等分してその区画内で順々にトラクターを進めていった。すねが終わると、ももも2等分して同様に進めた。もも裏はとても難しかった。


 方法論が定まると、あとはひたすら作業をするだけ。久しぶりで忘れていたけど、だいぶ大変な作業だった。黙々とトラクターに乗りながら、この作業を日常的にしてるであろう女性について考えた。
 いくら自分に身長があるほうだからといって、作業工程や往復する回数にそこまで違いがあるとは思えなかった。毛が薄くても全面作業には変わりはない。その作業を(作業と呼んでいいのかな)腕も脇も、おそらく数日ごとに多くの女性が行っているのだと思うと、えらいなあというか、気が遠くなるようだというか、いや正直なところは、申し訳ないような気持ちになった。別に男性のためにやってるわけでもないのに。
 ときどき、ほんとうるせえなと思うけど、アイドルの写真を拡大して調べて「剃り残してんじゃん!」とか言うやつらがいる。見んな、と思った。


 そんなこんなで足一本ずつをまるまる剃り終えた。
 手を滑らせて剃り残しがないかを確認して(別にあってもいいんだけど)、お湯で流して、無事つるつるになった。思ってたほどきれいじゃなかった。
 ガシガシ剃ったので一応保湿クリームを塗る。その感触にめちゃくちゃ違和感があった。足って、見た目はつるつるでも実際はつるつる滑るわけでもなく、なんというか、ぬまぁっとした感触だった。
 トランクスと短パンを履くとまた強い違和感があった。内もも・・・! 布にダイレクトに当たる感じがたまらなく気持ち悪い。歩いていても座っていてもそわそわした。
 それにトイレの便座カバー。毛にカバーが当たらないのが変なのか、肌にカバーが当たるのが変なのかが分からないが、とにかく変。指ではカバーの感触を知ってるわけだから初めて触れるものでもないのに。過保護な毛のせいで触覚機能がバカになってしまったももちゃんに「これが便座カバーですよ、はい」(ももちゃん、ここで「これが便座カバーです」と復唱)と教えてあげてるような気持ちだった。なかなか覚えの悪い生徒で、先生たいへんでしたよ。(ちなみに2、3日経つと、少し生えた毛がグサッと刺さる感じもこれまた気持ち悪かった。)
 そして「毛を失ってなんだこれ大賞」はお風呂。湯船で毛が揺れないせいか、もはや別のものに入ってる感覚だった。今まで数万本の毛が触覚として機能していたんだということが分かる。全然リラックスできなかった。
 ときどきバラエティ番組で芸人さんが、女装したり裸になったりするために体の毛を剃ることがあるけど、収録後に人知れずこんな違和感を感じてたのかなあと思い馳せてみた。日村さーん。


 結局計4回剃ってきて、誰にも一度も何も言わなかったな。だから大丈夫だよ、何をやっても。
 それにすね毛はすっかり元通り。というかやっぱりまた少し濃くなってるような気がするんだけど・・・思春期?
 ここ最近、11月に入って空気もだいぶ乾燥するようになってきた。内ももが痒くなるから保湿クリームを塗るんだけど、ほとんどを毛が吸収しちゃって肌まで行き届かないんだよね。
 またつるつるにしてやろうかしら。





by yasuharakenta | 2018-11-30 23:00 | エッセイ


 だめかもしれない、と思うようになった。
 音楽を始めてもう数年。根拠のない自信には自信があった。やめたほうがいいかもと、一度も思ったことがなかった。けど最近はちがう。知らぬうちに削がれていた山は、気づけば丘になっていた。


 長く続けた塾講師のアルバイトを3年半前にやめて、制作一辺倒の生活になるはずだった。しかし待っていたのは慢性的なコミュニケーション不足に耐える日々。所属する場所をなくすということは、事務的な連絡さえなくなるということ、そして、連絡できる相手を見つけられなくなるということだった。誰かと話したくても、LINEの連絡先を上から下までスクロールして、結局誰にも連絡しない夜が何度もあった。
 加えて、ここ2年くらいなぜか無視されることが増えた。えいっと連絡したLINEの未読無視もそうだし、身内からの面と向かった無視もあった。「むしされた!」なんて幼稚な案件のようだけど、実際それで相当なダメージを受けた。
 嫌われる勇気という本で、他者はコントロールできないものだからと書いてあった。だから「こうしてほしいのに」と思うたび、その言葉を頭に浮かべたけど、自分だって上手にコントロールできなかった。


 音楽を初めてYouTubeにアップしたのは2012年。音楽以外にも、エッセイ、詩、ライブ、ラジオ、舞台、勉強のサイトと色々やってきたけど、どれも予想した反応を超えたことはなかった。
 詩を毎日書き始めた頃、毎日というのが思った以上にしんどくてすぐやめたくなった。今日マチ子さんの「誰も見ていなくても描き続ける力」という言葉に励まされて、こないだ、とうとう2000篇になった。だけどそれだけだった。
 ときどき、僕の音楽だったりエッセイだったりを広めてくれようとしてくれる人がいる。自分で「自分のはいいですよ」と宣伝するのはいつも難しくて、だから本当にうれしい。だけどそれも、大体が不発と言っていいような広まり方で終わってしまうから、申し訳ないような気持ちにもなる。
 数千人のフォロワー(投稿を見てくれる人)がいる人が「とってもよかった」と書いても、ぽつんと反応があるだけ。それが続くと、数千人にネット上でも無視されている感覚になっていった。大通りで一人おどけているようなイメージが寂しかった。自虐を言うのはダサいと分かっているのに、「前世で評判とケンカしてきたんかな」なんてつまらないことを何度も書き込みそうになった。
 そして先月末、ラジオの最新回を自分のYouTubeチャンネルにアップしたら、たった55人しかいなかったチャンネル登録者が10人、すぐに低評価ボタンを押して逃げた。
 一人で喋って録音編集をして、動画を一本完成させても、効果音もクラッカーも鳴らない。ただ同じ部屋があるだけ。作業とはそういうものだ。反応がないことも分かってきてはいるけど、このときは押された低評価ボタンのその狙い通り、まんまと落ちこんだ。


 褒められたいのかというと、ちょっと違う。
 褒められたことだけを燃料にしていては、表現の世界ではやっていけない。10の褒め言葉より1のネガティブな評価のほうが気になるものだし、孤独の時間はあまりに長い。
 だけど、圧倒的なコミュニケーション不足と無視される作業に、マイナスの反応が加わると、何のためにやっているのかわからなくなった。根拠のない自信は削がれたんじゃなくて、虚しさに変化していたのかもしれない。そう考えて恐ろしくなる。だって「俺、絶対必要だと思うんだけどな」と、そういえば思っていたんだから。


 ただ褒められたことは、燃料でなくても、何一つ忘れていない。誰から何を言われたのかは全部覚えてる。だってそのつど、助かったって思ったから。
 あいつのケツはデスヒップを聞いて「っていうか歌が上手!」って言ってくれた人。まあるいの「好きなんだよ」のとこがいいんだよねって教えてくれた友達の恋人。フロートが好きで「早くカラオケで歌いたいんです」って言ってくれた後輩。グッドバイは名曲だねってメールをくれた一番好きなミュージシャン。一度消したどこまでも行こう、また聞きたいんですってメッセージをくれたネット上の知らない人。たわわなしあわせを電話越しで歌ってくれた人。やっさんの文章はほっこりするっていうかなんていうんだろう、と言葉を探してくれた人。書いた詩をプロフィールに載せていた人。高い声がいいと思うのにって教えてくれた人。どっちもいいよって言葉、ほんとにいいですよねって言ってくれた人。
 どれもうれしかった。


 そういう、忘れられないものの中に、異質な記憶が一つある。
 塾講師のアルバイトをやめるころに見た夢の内容だ。もともと夢はほとんど忘れてしまう体質なのに、その夢は例外的に、詳細が消えていかなかった。


 デパートの非常階段のようなところを降りていた。室内なのに階段は鉄製で、外階段のように細い柵があった。人気(ひとけ)はなく、すべて同じ灰色。カンカンと足音が鳴った。
 数階分降りると、まだ地上階じゃないのに長い廊下に出た。20m先に白色のドアがあって、その向こうに明るい場所がありそうだった。見つけた、とも思わずそのドアのほうへと歩く。
 廊下は鉄製ではなくマットが敷かれ、足音はすぐ吸音された。
 ドアまであと5m、3m、1m、まさにノブに手をかける、というところで呼び止められた。後ろを向くと当時のバイト先の後輩が5人立っていて、その真ん中にいる、去年就職してやめた小さな女の子がオレンジ色の花束を持っていた。強く鮮やかなオレンジ色だった。花束は数本ではなく、棒状というよりは円柱状のふっくらとした花束だった。
 そしてたぶん、おめでとうございますか何かを言われたんだと思う。
「え、おれまだ何もしてないよ」
 何に対するおめでとうなのか、何に対する花束なのかが分かっていない僕に、その女の子が言った。
「今日もまた一歩、夢に近づきましたね」


 燃料にはしてない、ただ覚えてるだけの、夢の話。
 夜の星の光のような、夢のおはなし。





by yasuharakenta | 2018-11-14 20:51 | エッセイ


 初めて観た劇団の舞台が面白すぎて大興奮した。
 大興奮しすぎて、一度駅まで行ったのに引き返して、途中にあったカラオケで1時間歌った。
 しかしそれでも興奮は収まらず、続けて入ったのが無印良品の小おしゃれカフェMUJI CAFE。すぐに注文を済ませ席に座ると、興奮が手帳の白紙ページを開かせて、思いつくまま脚本を書き始めた。
 が、書けなかった。まず思いつかなかった。そういえば書いたことなかった。
 首をかしげても何も出ない。あれ。興奮したからって能力が上がるわけではないのか。そっかそっか。
 というわけで、ただ興奮を冷ますだけの時間になったカフェ。冷えたグラスが机を濡らしてる。


「ねえ、LINEってどうやるの?」
 持て余した時間には他人の会話が入ってくる。近くのソファー席に座る女性二人組の会話だった。
 この日は今から4年前の2014年で、みんながやっとスマートフォンに慣れてきた頃だった。フリック入力やスワイプといった言葉に耳馴染みのなかった2011年頃からたった3年で、だいぶ普及したように思う。それでもまだこの会話のように、苦手な人も全然いる時期だった。
 だから話し相手が次のように声を上げたとき、そこまで言う?と思った。
「えええ!? LINE入れてないの!?」


 話し相手はさらに続けた。
「ねえ、もしかしてまだメール使ってる?」
 スマホが苦手な苦美さんが「うんそうだけど」と答えると、
「ええーーー!! 私メールしてるのって一人しか、あ、二人しかいないよ」
 とお姉さま気質の女性が苦言を呈するように驚いた。これまでの会話を英語に翻訳するなら、お姉さまの言葉は全部「アンビリーバブル」でいい。そのくらい必死に「信じられない」というのを伝えているようだった。
 しかしそうやって反応されても、苦美さんは「そうなんだー」とのんびりしていた。たぶん、ちょっと聞いてみただけで、元々新しいことにはそんなに興味がないのだと思う。でもそんなのお姉さまが許すはずがない。
「ねえスマホならLINE入れなって」
「うーん」
「とりあえずLINEって検索しなって」
 乗り気じゃない上に検索だっておぼつかないはずの苦美さんが渋々指を動かし、「うんしたよ」と自分のスマホの画面を見せた。
「そしたらぁ……」と指で次の操作を伝えようとするお姉さまの動きが止まり、「えーっと。いいや貸して」と言ってスマートフォンを奪った。
 そしてタンタンタンと操作するのかと思いきや、スマホを受け取ってからお姉さまは画面を15秒ほど見つめていた。そして端末を半回転させ、苦美さんに返した。「まあ、やっといて」
 ええええええ。


 お姉さまと苦美さんの人柄が分かると会話が一層楽しくなった。手はペンを握っているものの、なおさら一文字も増えそうにない。
「この前、会社に行く前にみんなで花見してさ。出社するとき、道ぎゅうぎゅうで大変だったよ、100人いたからさ」
 こう言って新しく会話を始めたのはもちろんお姉さま。お姉さまの人となりがよーく分かる発言だと思う。
「え? じゃあ100人の人とお話ししたってこと?」
 謎な自慢話には謎な質問。この間の抜けた質問も苦美さんの性格をよく表してる。でもお姉さまは「そこ気になるとこー?」なんて野暮なツッコミはしない。何にだって答えられるんだから。
「え、私、フェイスブックに友達200人いるよ」


 まるで合気道のような会話のあと、苦美さんがようやくカウンターのパンチを繰り出した。
「そういえばね、私のスマホ、写真はすごくきれいなんだよ」
「あ、いいなー。じゃあそれで撮ってよ」
 すぐさまカウンター返しを喰らった苦美さんは、ソファーの横に立って微笑むお姉さまを自らも立ち上がり撮影を始めた。5枚くらい撮ってもらうと、お姉さまは大きな窓のほうまで歩いていってしまう。慌てて付いていく苦美。苦美の写真フォルダは、人のいるカフェでポーズを撮りつづけるお姉さまで埋まっていくのであった。
 申し訳程度に自分も撮影してもらって、唐突の割には長かった撮影会が終わった。スマホを返してもらいながら「ありがとうー」と苦美さんが言った。こうやって聞いてくれる子分がいるから、親分は親分でいられるんだな。
 

 ようやくソファーに座りなおすと、「あっ」とお姉さまが声を上げた。「LINEないんじゃん。メールで送れるのかなぁ」
 撮ったばかりの自分の写真をすぐ送ってほしいみたいだった。あ、ちょっと待ってねと苦美さんはスマホを操作し始めるけど、そんなの苦美さんにできるわけがない。
 苦戦している画面をお姉さまが覗き込んで、「ほら、その『そのまま』ってやつでさ」と指示を出すもやっぱりうまくいかなかった。
「ああ、もう、貸して」
 ついさっきの過ちをもう忘れて、またお姉さまはスマートフォンを借りてしまう。なんか昔話見てるみたいだけど大丈夫?
 そんな僕の心配なんて知るはずもなく、お姉さまはうーんと言いながら5回くらい指で画面をいじって、
「あーキロバイトかぁ」
と言い、スマートフォンを返した。


 キロバイトというのはグラムやリットルみたいな単位のこと。写真や動画のデータ量を表す単位で、キロバイトの大体1000倍がメガ、メガの大体1000倍がギガ。メガは「メガ盛り」とかで使われたり(超いっぱいっていうことを表してるんだね)、ギガも最近10代の会話やソフトバンクのCMで「ギガがもうない」「このアプリめっちゃギガくうじゃん」というふうに使われてきてるのでそろそろ馴染んできた頃だと思う(ちなみにこのギガの表現は、「2リットルの水買うとキログラムがヤバイ」と言ってる感じ)。スマートフォンで写真を撮ると大体1メガくらいで、スマートフォンの容量が大体32ギガくらい。
 そんなギガの10万分の1が、「あーキロバイトかぁ」のキロバイト。目安としては、今のスマホやパソコンで表示すると小さくて粗くなってしまう、ガラケー時代の写真のサイズ。
 だからスマートフォンにとって、キロバイトはなんてことないサイズなんだけど、その謎の単語「キロバイト」に責任を転嫁してお姉さまは脱走しちゃったんだね。
 ぷぷぷと思ってるかもしれないけど(僕も思った)、実はみんなそんな変わりはなくて、同じようなことをしているはず。「コピー機の使い方教えてくれませんか」と聞かれて、ああいいよと余裕で教え始めたのに、なぜかうまくいかないと「あ、これ普通紙のやつか……」とか言っちゃいそうだもんね。素直に「ごめんちょっと分からなくなったわ」って言えればいいのにね。


 と、僕がお姉さまのフォローをしている間に、会話はさっきの花見の話に戻っている。豪腕。
「ねえ見て、これがこの間の桜」と、自分のスマートフォンを苦美さんに渡した。どうやら花見の写真フォルダを見せているらしい。
「へえー」苦美さんがスマホを受け取って、人差し指でスクロールしながら「うわあー」とリアクションを取っていた。
「ねえちょっと待って。一番最初の写真見た?」
「え?」
「一番最初のやつ。ちょっと戻って」
 うん、と言って慌てて逆方向にスクロールをする苦美さん。「あ、これ?」
 その画面を見せると、お姉さまは右手をピストルの形にした。
「それ、満開」




by yasuharakenta | 2018-10-26 23:17 | エッセイ